今日のエッセイ-たろう

「わからない」を面白がる。—若い世代は異世界にいる

最近の若い子の考えることはよくわからん。
なんて言葉を聞くのは珍しいことじゃない。ただ、発言者がちょっとずつ変わっているだけだ。ぼくらが若い頃は親世代の言葉として聞いていたし、今は同世代がこぼすのを聞いている。
きっと、大昔から言われてきたセリフなんだろうな。

対象の「若い子」というのは、どのくらいだろう。このまえ聞いた話では、中学生から高校生くらいだったかな。場合によっては20代前半くらいということもあるだろうか。これも、ぼくらが言われていた頃と同じくらいなのだろう。

特別な世界

なんといっても、このくらいの世代は特別な世界にいるのだ。
学校を中心にした、同世代だけの濃い社会。そこでは、何をカッコいいと感じるかは、概ね同世代の間だけで共有される。あまり前後の世代の価値観は持ち込まれないらしい。親世代の考え方は古臭いし、下の世代は子どもすぎる。そんなところだろう。

少なくともぼくはそうだった。
もう随分前のことだ。

近ごろは、世の中の変化が早い。社会情勢や仕組みも大きく変化しているが、身の回りのツールもコロコロと変わっていく。当たり前だが、ぼくらが「若い子」だったころはインターネットなんて無かった。
「昼休みになると校内の公衆電話に長蛇の列が出来る」という、当時のポケベルカルチャーなんて、前後世代にはわかるまい。テレホンカードの度数が減るよりも早く数字キーを叩いてメッセージを送るのだ。それも校内にいるはずの友達に。

公衆電話がスマホに変わり、アプリのメッセージ機能が言葉を伝えてくれるようになった。そう言うと、置き換えが起こっただけのように聞こえるが、やっぱり違う。列に並ぶこともないし、他の友だちとも常にやり取りすることが出来る。彼らの言葉は一瞬で世界へと発信されていく。

異世界転生もの

大人から見れば、教室内にいる友だちにメッセージを送るなんて意味のないことだ。すぐそこにいるのだから。そこで交わされている言葉は、まるで暗号のように見える。何が面白くて笑っているのかも、どんな問題が共有されているかも。未知の世界だ。
もう、わかるわけがない。

どうせわからないのだから、異世界だと思って眺めるのが良い。
「へぇ、そんな魔法があるんだね。」

近年はやりのアニメなどに見る「異世界転生もの」である。そうなのだ。いつの時代も「若い子」の多くは、異世界に行く。いや、異世界とこちらの世界を行ったり来たりしている。そう考えてしまえば面白い。

「ぼくらが行ったことのある異世界には、魔法を使える人は少なくて剣が中心だったんだよなぁ。今は、魔法使いが中心の社会なんだね。じゃあ、剣士は肩身が狭いかもなぁ。」
「そうだよ。剣士の感覚でなにか言っても通じないもの。」

ぼくらが知っている異世界とは違う世界にいるのだ。だから、当然ルールも価値観も違う。
そのつもりで、話を聞くと良いだろう。わからないと嘆くよりも、ずっと良いコミュニケーションが出来そうだ。
そして、いずれは異世界とこちらの世界を行き来するようになる。社会との接点が広がっていき、複数のルールを使い分けるようになるのだ。その時のためのガイドだけはしてやろう。親世代である我々が取るべきスタンスとは、そういうものかも知れない。

今日も読んでいただきありがとうございます。

「今の若い子の考えていることはわからない」とため息をつく同世代。悩みというほどのことはなさそうだったけど、母娘のコミュニケーションに苦労しているみたいだった。で、話をしているうちに「異世界転生もの」だと思って接する方が良いのじゃないかって思いついたんだ。
そう思えば、子どもの話を聞こうという気持ちにもなるんじゃないかと思ってさ。

タグ

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

-今日のエッセイ-たろう
-,