今日のエッセイ-たろう

手を拭くためだけじゃない。—おしぼりという日本の作法

現代の日本の飲食店で提供される「おしぼり」は日本独自に発展したサービスだとされている。確かに、日本以外の地域ではなかなかお目にかかることはないようだ。では、他の国では食事前に手を洗わないのかと言うとそんなことはない。ただ、「接客文化として定着した」という意味ではとてもめずらしいかもしれない。

考えてみると、なかなか面白い。
飲食店だからといって、必ずしも「おしぼり」が提供されるとは限らない。例えば、立ち食いそばやラーメン店などでは「おしぼり」のサービスが無い店も少なくない。場合によっては、申し訳程度に「紙おしぼり」が用意されている飲食店もある。
だからといって、布のおしぼりを用意しているところが偉いということもない。

実は、ぼくらはおしぼりを必要とする場面とそうでない場面を無意識に感じ取っているらしい。あるシチュエーションでは「紙おしぼりじゃなくて布が良かったなぁ」という感じることがあるし、逆に「おしぼりのことなど想像もしない」というシチュエーションもあるというのだ。
なんとも興味深い話である。

おしぼりのルーツ

おしぼりのルーツについては、いくつかの説があるらしいのだけれど、最も有名なのは「江戸時代の旅籠で旅人が足を洗う習慣から発達した」というものだ。ふむ、確かにそれっぽい。だけど、現代の飲食店における「おしぼり」のサービスまでにはずいぶんと距離があるようにも感じる。

では「おしぼり」という言葉はいつ頃から使われるようになったのだろう。コトバンクで調べてみると、初出の実例として「二人は、おしぼりで顔を拭いた後で」(出店:舗道雑記帖(1933)高田保)とある。昭和初期には現代と同じような意味で「おしぼり」という言葉が使われていたようだ。それにしても、手ではなく顔を拭くというのだから、手を拭うためだけのものじゃないという認識があったのだろうか。だとするならば、もしかしたらおしぼりは手を拭くためだけの存在じゃなかったのかもしれない。

どうも、旅籠の足洗いと現代飲食店のおしぼりがうまく繋がらない。というのは、ぼくの直感でしか無いのだけれど、少しばかりあれこれと考えてみることにしよう。

宿場町の旅籠で足を洗う人

これは、どう考えても江戸時代のことだ。東海道の様子を描いた浮世絵の中にも足を洗っている旅人の姿がみられる。弥次喜多で知られる『東海道中膝栗毛』でも、宿泊シーンでは女中が足すすぎのために湯を張ったタライを運んでくるところが描かれていたはずだ。
旅籠というシステムが一般化するのは江戸中期頃のことだから、このあたりで「接客サービス」の一部になりつつあったのかもしれない。

足を洗うのは、単純に足が汚れているからだ。当時の履物と言えば、足袋と草履だ。素足に草履ということもある。舗装もされていない道を歩き続けていれば足が汚れるのは当然のこと。そのまま部屋に上がられてはたまったものではない。そんな旅籠側の事情があるかもしれない。

たしかにそうかも知れないとは思うものの、ちょっと疑問が残る。そもそも、私たちはなぜ履物を脱いで部屋に「上がる」のだろう。

部屋に「上がる」

日本では玄関のような場所を「上がり口」とか「上がり框」と言うことがある。上がるという感性があるから、外履きのことを「下足」とも言う。この上と下に分ける感覚が、あるからこそ「足を洗う」のだろう。世界に目を向ければ、履物を脱がずに屋内に入るというのは、別に珍しいことではない。日本がそうであっても不思議はないのだが、ぼくらは居住空間を内と外をしっかりと分けたがるらしい。

そういえば、朝鮮半島や中国、東南アジアや北欧でも住居内では履物を脱ぐ習慣があるらしい。雨が多く湿度の高い地域では、泥を室内に持ち込まないような生活習慣が根付いたのだろう。積雪地域にも見られるが、それも似たような理由だろうと思う。

でも、土間は良いんだよ。
日本の伝統的家屋には、土間がある。ここは、室内にも関わらず土足の生活空間なのだ。土間では炊事が行われたし、農作業や道具の手入れが行われていた。そうそう、いつだったか歴史民俗館で見た民家の展示では土間に馬がいた。
ここは、内側でありながら外の世界と接している空間。だから、土足であることが不自然ではないのだ。言い換えると、土間という「空間にふさわしい振る舞い」が決まっているということかもしれない。それはつまり、床に上がったときには土間と異なる振る舞いが求められるということだろう。

屋内の高低差

日本家屋の床が高いのは、湿気を避けるためだ。夏のキャンプでテントに宿泊したことがある人ならば経験があるかもしれないけど、しっかりと整地をしておかないと朝方になってテントの床面がじんわりと湿気を帯びていることがある。だから、木材の床はちょっと地面との距離を離しておきたいのだ。

奈良時代から平安時代の仏殿は、石のタイルが敷き詰められていることがある。まるで、映画でみた中国王朝のようだ。あれは、結露しないのだろうか。相応に大きな建物で、空間が確保されているから成立するのだろうか。などと不思議に思うことがある。ともかく、一般住居向けの構造には見えないので、日本では高床というスタイルが定着したのだろう。

この高低差が、内と外を分ける境界線の役割を担うようになったのだろう。ちょっとややこしいのだけど、土間と床の高低差そのものが境界だったのではなくて、「内と外を分ける」という感覚と融合して境界線の役割を担うようになったということなのじゃないかと思っている。

内と外の境界

前述の通り、屋内の高低差は「建物を汚さない」「畳や床を守る」といった理由が主だったところだろう。それとは別に、内と外を分けるという感覚があった。高低差がある生活空間と、内と外という概念が組み合わさったのだろう。

外がケガレていて内が清らかだ。とは限らない。これがまたややこしくも面白いところだ。
外には神様がいて、先祖の霊もいて、作物を育ててくれる自然がある。客も情報も富も、基本的には外からやってくるものなのだ。
内側だって、誰かが病にかかったりすることもあれば家庭内の不和もある。出血を伴う出産や月経が穢れだと考えられていた時代のことだから、屋内にも穢れは発生しうるのだ。

たぶん、ポイントになるのは人々が「どうあってほしいと考えていたか」だろうと思う。寝起きをしたり、食事をしたりくつろいだりする空間は清浄であって欲しい。だから、床上は清浄を保とうと努力をする。

この努力が大切なのだ。二宮金次郎は「自然は放っておけば、畑は草木が伸び放題となり、それと同じように家屋は朽ち果ててしまう。だから、やかましく人が手をかけて、人の都合の良い形に整えなければならない」と説いた。つまり、時間経過とともに混ざり合ってしまうから、常に手をかけろというのだ。金次郎が説いたのは彼の持論ではあるけれど、同時に多くの日本人が根底に持っていた観念なのだろうと思う。

そこで、境界の登場である。境界があって、そこを行き来するには作法とうものが必要なのである。なぜなら、その作法こそが「人がやかましく手をかける」行為そのものだからだ。と考えている。

境界をまたぐ作法

神社に行くと、手や口を清めるための手水場がある。古事記の神代記の中で、イザナギが黄泉の国から逃げ帰った後に体についた穢れを川で洗い流したことを由来とする禊の作法である。これがそのまま「おしぼり」に繋がっているとは考えにくい。ただ、「別の場に移るときの区切り」という感覚は通じるものがあるのではないかと思う。

境界をまたぐ、というのは場を移るということである。そこでは、なんとなしに仕切り直したいという感覚があるのかもしれない。身体の一部を清めるというのもそうだし、心の状態を切り替えるという意味もあるだろう。襟を正すという表現は今でも使われるけれど、髪型を整えるのでも良いしネクタイを直すというのでも良い。

この「感覚」が、神事だけでなく日常習慣の中にも取り込まれてったのではないだろうか。
労働や旅路と、くつろぐための屋内。この境界を超えるとき、何気なく行っていた日常行為が、いつの間にか「境界をまたぐ作法」と紐づいていった。

なぜこんなことを考えるようになったかと言うと、前述した「ここは紙おしぼりじゃなくて、布のおしぼりが良いんだよなぁ」という感覚があるからだ。手を拭くという行為を、衛生的な意味だけで考えるならば紙おしぼりになにも問題はない。アルコール除菌が出来るのであれば、いっそ優れているくらいだ。だけど、境界をまたぐ区切りとしての行為だとすると、話は変わってくる。

例えば、仕事の後に居酒屋へ行ったとしよう。仕事が終わって「はぁーっ」と息を吐き出すように「おつかれさーん。かんぱーい!」などという瞬間を想像してみよう。それはまさに、境界をまたぐ瞬間でもある。
乾杯の前に手にしたおしぼりは、もしかしたら境界をまたぐためのスイッチになっているかもしれない。だとするなら、手も顔も拭いたくなる気持ちはわかる気がする。それが、紙おしぼりでは叶わないのである。

心地よい空間へいざなうサービス

「おしぼり」は、昭和初期になって一部の飲食店などで提供されるようになった「サービス」らしい。そして、戦後になって「貸しおしぼり」業者が急速に増えて一般化した「ビジネス」である。昭和57年になって、厚生労働省から「おしぼりの衛生的処理等に関する指導基準」が出されている。その序文には「近年飲食店等において客へのサービスとしておしぼりが提供されることが一般化している。しかし、これらのおしぼりの中には、不潔感、不快感を呈するものもあり、その衛生上の不安が指摘されている。」とある。

もしかしたら、この頃までのおしぼりは「食事の前には手を洗いましょう」というのとは別の意味を持っていたのではないだろうか。もちろん、短絡的に決めつけることは出来ない。どちらかというと、「心地よさを提供するおもてなし」に近い感覚があったのかもしれない。

おしぼりを受け取る瞬間までは「旅人」「仕事中の人」「暑さや寒さにさらされた体」「外を行き交う誰か」だったのだ。それが、「食事やくつろぎを味わう人」「店のサービスを受け取る人」「心地よい空間を共有する人」へと切り替わるのだ。

部屋に上がって、その場にふさわしい状態になる。それが源流にあるのではないだろうか。もしそうならば、旅籠で足を洗うことと、飲食店のおしぼりで手を拭うことは繋がってくる。

そして、その行為そのものには「心地よさ」を伴うものだった。洗うという身体的な心地よさ。柔らかい布に触れ、季節に合わせて暖かくされていたり冷やされていたりするのも心地よいものだ。

こうしてみていくと、日本の「おしぼり」は複合的な存在なのだ。
境界をまたぐという儀礼的な慣習、汚れを拭うという衛生的な側面、身体的な心地よさ、それに応えて発展した日本流のおもてなし文化。こららが組み合わさったのが「おしぼり」なのである。
と、断言できたら気持ちが良いのだけど、そういうわけにも行かない。これは、あくまでもぼく個人の推論を積み重ねただけのものである。

今日も読んでいただきありがとうございます。

今回は、noteにいただいた質問に答えてみました。
他の国にも、食事の前に手を洗うとか体を清めるという文化があるにはあるらしいんだ。だけど、日本の「おしぼり」は何かが違う。なにかこう、合理的な意味ではなくて精神的なものがありそうな気がしてさ。よくわからないのだけど、ぼくら現代人にもふんわりと繋がっているようにも思える。で、そこを掘り起こそうと思ってあれこれと考えていたらこんな感じになったというわけ。
結局、歴史的事実は判然としないままではあるのだけど、ぼくなりの視点は提供できたかしら。

https://note.com/qa/embed/mutotaro/q/9237e43413323237d0add23070bdeb0d
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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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