今日のエッセイ-たろう

文化の民主化の構造と、それに伴うイノベーションの方向性に関する考察 2025年1月17日

人類の繁栄の典型的なパターンなんてあるのだろうか。

例えば、ひとつの集落が形成されて、そこでいろんなシステムや技術や文化が醸成される。で、少し人口が増えたりなんかして集落の面積が広がると、今度はその規模に合わせたシステムが再構築される。

元々の集落には、それまでの建物や文化がそのままの形で残る。で、新たに拡張した部分は旧来のエリアを含めた形で新たな生活を作り出す。そんなことが繰り返していくうちに、円の中心ほど旧来の形を残しているということになりそうだけれど、それでも外周からの影響を受けてゆっくりと変化していく。

なんとも雑な話だし、もっと複雑なことがたくさんあるはずなんだけど。まぁ、最初の頃はそんな感じだったかもしれない。ちょっと周圏論のようにも見えなくもないけれど、なんというか建て増しを繰り返した建物みたいでもある。

あくまでもイメージのはなしね。

もしかしたら、文化とか技術とかの広がり方って、これに似ているのじゃないか。そんなふうに思っている。

日本の仏教芸術は、古い時代のほうがクオリティーが高いと評される。仏像も法隆寺の五重塔も、唯一無二。その時の最高技術をもって思想を丁寧に具現化し、そのひとつのためだけに工夫されたもの。なんというか、オーダーメイドの一点ものなんだよね。

で、これはいいぞ、ということになってアチコチで同様のものを作り出していくようになる。量産化だ。そうすると、高度な技能を持った一部の職人だけで大量生産することなど出来ないから、量産可能な仕組みを生み出さなくちゃいけない。だから、後世の仏塔は構造的な類似点が多くなるのだそうだ。設計図があるし、それに基づいた技術。そうこうしていくうちに、作り手の人数が増えていく。民主化という言葉を使うこともある現象がこれだろう。

さて、そもそも初期の造形物は誰のためのものだったのか。それは、ごく一部の限られた特権階級、つまり貴族だ。「源氏物語」や「枕草子」などの文学作品だって、当時読んでいたのはごく一部の貴族。漢詩や和歌を詠みあったのも貴族。工夫をこらした料理を食べられたのも貴族。

貴族の、貴族による、貴族のための◯◯ってな具合だ。

それがちょっとずつ、段階的に文化を享受する階層が増えていく。建て増しをしていくような感じで、プレイヤーも鑑賞者も増えていくわけだ。そうすると、人口が増えた分だけ、劣化する。劣化するという表現が適切かどうか、という疑義はあるのだけれど、それ以前の純粋培養された文化の中にいた貴族たちから見ると劣化したと見えるだろう。

文化の渦中にいる人数が増えると、建て増し部分で独自の工夫をこらす人が現れる。元々の形を理解している人、まったく文脈を考慮していない人が、それぞれの視点で、それぞれにとって良いと思う方向に改変していく。予算が足りないとか、時間がかかりすぎるだとか、諸々の課題もあっただろう。自分たちの生活習慣とうまく合わない部分もあっただろう。そうした課題を、自分たちにできる範囲で文化を受容しては再生産していく。本人たちは再生産のつもりだったかもしれないが、それは改変である。改変が繰り返されるうちに、やがて再構築と呼んでも差し支えないほどの変化を生み出していく。

武士社会が発達した時代、それまでの貴族社会の食文化を取り込みつつも自分たちに適した形二変化させていったわけだ。鎌倉時代は物理的に距離があったことでその差は埋まらなかったけれど、室町時代には貴族風の食文化を踏まえた武士社会なりの食文化を形成することになった。というのが、具体的な例だ。

こうした大きな流れを何度も何度も繰り返した先に、いまわたしたちが暮らしている社会がある。そんなふうに思っている。

何度も民主化され、そのたびにプレイヤーも消費者も増加していく。そして、新たな展開を見せる時、いくつかの方向性を持って変化しているように見える。例えば量産化に適応した変化だったり、効率化だったりする。他にも、費用対効果の高い方向性に振れたり、高品質のハイブランドを生み出していったりもする。

どの方向に進むのか。これによって、工夫の内容も異なるし、マッチングされる技術も様々ということになる。いわゆるイノベーションは、このポイントに潜在しているのだろう。だから、シュンペーターは経済発展の要因としてイノベーションを提唱したのだろうか。それはよくわからないけれど、民主化してきたモノが次のステップへと移るときに起きる変化がイノベーションというこもが出来そうだ。

こうして民主化が進んでいくと、ひとつ大きな壁と対面することになるはずだ。それは、旧来の文脈を踏襲しないモノの増加。プレイヤーもそうだが、とりわけ消費者の側に増える。当たり前の話だけれど、文化や商品を生み出すプレイヤーは少なくとも生産物への興味関心は高い。不勉強な人もいるだろうけれど、イノベーションを意識したタイミングでは過去の文脈を拾いに行こうとする。しかし、消費者にとってそれは重要ではないのだ。わざわざトレンチコートの由来を学んでから購入する人はいない。かっこよくて暖かくて手に入る価格であるなら、それで良いわけだ。だいたい、身の回りのあらゆるものに心を配って文脈を把握しようとすると、精神的な生活コストが高くてしょうがない。

産業革命によって様々な製品が低価格で出回るようになったヨーロッパで、反発するようにアーツ・アンド・クラフツ運動が展開された。安価であると同時に低クオリティの家具。本来の人の生活は、もっと滋味あふれる豊かなものであるべきで、決して無味乾燥な空間ではない。みたいなことを言って、ウィリアム・モリスは品質の高い家具を提供するようになった。彼の家具は高い評価を得たけれど、皮肉なことに彼の家具を買い求めたのは既存の裕福な人達であった。彼が懸念したのは、一般庶民の日常における心の豊かさであったはずなのに、である。

先のイノベーションのベクトルで表現するならば、高品質化であろう。その結果価格が高くなるのは必然であり、余剰資産を持つものしか買うことが出来なかった。という事情もある。特に産業革命以降の都市生活民の暮らしは、現代人の感覚からすれば恐ろしく貧しいものだったから仕方なかったのかもしれない。

一方で、高品質な商品の付加価値を理解できないと見ることもできるのではないだろうか。富裕層ではなくても、それなりに貯金をすればモリス商会の家具を購入できる人たちだっていたわけだ。そうした人たちの中で、モリスの家具は装飾的で高いだけだから無駄だと判断した人もいただろう。好みや価値観の問題だと言い切ってしまえばそうかもしれないが、乱暴な表現をしてしまえば価値が理解できなかったとも考えられる。

もちろん、消費者が無知だとか悪いと言いたいわけではない。構造的にそうならざるを得ないのだ。高品質化の進む方向は大きく2つに分かれていて、イノベーション的変化と原点回帰である。ウィリアム・モリスは、おそらく後者に近い方向性を選択したように見える。原点回帰の方向性を歩む限り、過去の文脈とは切り離せないのだ。

たとえば、和歌を読み解くには、自らも和歌を詠む程度には精通していなければならない。で、その世界にはAといったらBというパッケージが存在していて、それを知らなければ意味がわからないというようなものなのだ。

現代ならばオタクと呼ばれるコミュニティがあるけれど、その中でしか通じない会話がある。ある一定の知識レベルが求められるのだ。ガンダムオタクのコミュニティで、ロボットなどと発言しようものなら「何も知らないやつ」というレッテルを貼られて、結局そのコミュニティにはいられないだろう。

閉じられた世界で、徹底的に磨き上げられた高度なコミュニケーション。ハイコンテクストな文化は、たいていそういう世界で構築されているのじゃないかと思う。

こんなものをそのまま民主化しようとしたら、当然のことながらバグるわけだ。

食文化史を勉強した素人による考察でしか無いのだけれど、この構造の通りであれば、社会はここで行き詰まるはずだ。

イノベーションは量産化や効率化に向かう方が進みやすく、それが大勢を占めることになる。絵画などのアート作品で見られるような高付加価値のものは生まれにくく、それが生まれたとしてもアートの持つ本来の価値とは無縁の価格という評価軸で判断されることになる。ウィスキーやワインがそうであるように、商品そのもののもつ価値ではなく交換価値に力点が置かれることになってしまう。その結果、少数派になったハイコンテクストな母屋部分は維持ができなくなり、やがて退廃する道をたどることになるだろう。

圧倒的多数のニギリズシ文化の中で、超効率化を目指した回転寿司がその中でも多数を占める。一方で旧来のナレズシはそのマーケットが縮小し続けているのだ。支えているのは、文化を絶やすまいとする意思のちからと、支えるオタクコミュニティである。

残そうという意思を持って、誰かがそれにコミットしなければその文化は縮小し続けてしまう。ナレズシはこうしたものの中ではかなりメジャーな部類だろう。もっともっとギリギリのところで踏ん張っている文化があるはずだ。郷土料理などを探せば、たくさんみつかると思う。生産者にお金が流れていかないから、文化を残そうと思っても生活が出来ないために諦めざるを得ない。そんな話は、世界中にあるのではないだろうか。

冒頭の話に戻るが、集落が拡大していくとき、新しいエリアでは旧市街地を含んだ変化をすると述べた。それは、過去の文脈を踏まえた文化の変遷とも言いかえられる。もう少し突っ込んだ言い方をすると、最初の文化とそこから連続する変化の歴史がアイデンティティを構成する要素と言って良いだろう。

どのような産業で、それがソーシャルインパクト企業であっても、イノベーティブな取り組みは欠かせない。少なくとも、現代社会ではイノベーションこそが経済の要とも言われている。だからこそ、イノベーションが発生するポイントで、どのような方向に向かうかを見定めなくちゃいけない。既存の経済合理性だけで判断されない価値をちゃんと含んだ形で、マーケットに提供できること。バグが発生しやすい方向だけど、本当はとても大切な方向へ向けたイノベーション。それが認められる社会が必要なのだと思う。で、大抵の場合、社会が認める価値などというものは、普遍的なものなんかじゃなくて、人の認知だけで変わるものだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。解決策があるとまでは言わないけれど、ひとつきっかけになりそうだと思っているのは教育かな。生産者も消費者も、目先の美しさや技術だけじゃなくて、母屋部分から連続する文脈を知る機会があったほうが良いと思うんだよね。座学だったりデータベースも良いんだけど、なにしろ食というのは「体験」のほうに重心がある。だから、学校とかフィールドが必要なんじゃないかと思うんだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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