日本の食卓には深く馴染みのある食べ物である「梅干し」。最近は食卓に常備していたり、自宅で梅干しを作る家庭も減ってきているようだけれども、それでも梅干しは人気商品だ。梅干しが人気と言われてもピンと来ない人もいるかもしれない。コンビニやスーパーをよく観察してみて欲しい。コンビニンスストアで人気のおにぎりは、好みの変動はあっても梅干しは上位に定着している。スーパーマーケットでも、梅干しを扱っていないところなど見たことがないくらいだ。
あんなに酸っぱい梅干し。酸っぱくてしょっぱい梅干し。何度も梅干しと連呼するだけで口の中に唾液が出てくるような梅干し。なぜ、こんなにも人気があって、日本人に深く定着しているのだろうか。
味もさることながら、梅干しの効用は広く知られている。細かいところまでは把握していなくても、体に良さそうだという印象を持っている人も少なくないはずだ。梅干しのよく知られる効能としては、疲労回復や抗菌作用がある。胃液の分泌を促して食欲を増進したり、消化吸収を助けたりする。一度くらいは耳にしたことがあるだろう。 そのどれも、主にクエン酸やペリルアルデヒドによるものだ。そして、それは梅とシソの組み合わせによって相互補完的に生み出されるものなのである。
梅には元々クエン酸が含まれている。モノに拠るけれど、1.6%~4%程度だ。レモンはこれより多くて6~7%、夏みかんは1%程度である。クエン酸の含有量として梅はかなり優秀。このクエン酸が良い働きをしてくれるのだ。クエン酸自体は有機酸といって、酸の一種である。けれども、どういうわけか体内に入るとアルカリ性に変わる。
元々、健康な体というのは中性に近い弱アルカリ性。pH7.4程度だ。これが、食事をすることで酸性に傾く。栄養素の代謝の過程でどうしても酸を生成するのだ。余分な酸は、腎臓の働きで二酸化炭素として呼吸によって吐き出されたり、尿として排泄されたりする。それでも残ってしまう酸に対しては、腎臓が重炭酸イオンを出して、アルカリ性に寄せることで体内の酸度を下げている。 酸の排泄がうまくいなかいと、体内は酸性に傾いてしまう。この状態を「アシドーシス」という。アシドーシスに陥ると免疫力が低下して、様々な病気を引き起こすリスクが上がるのだ。そこまでいかなくても疲労感や脱力感を感じやすくなるという。酸化すると老化にも繋がりやすいとも言われている。 そこで、アルカリ性食品が活躍するというわけだ。
それ以外にも、クエン酸はアデノシン三リン酸、通称「ATP」を増産する効果がある。ATPは、すべての生物の細胞内にあるエネルギー分子。これがあるから、細胞が細胞分裂したり筋肉を収縮したり、代謝したり出来るのだ。 梅干しは、そのクエン酸のパワーで体調を整えてくれる効果を期待できるのである。
クエン酸は有機酸だ。だから、抗菌作用があるのだけれど、実は有機酸の中で比べるとそんなに強いほうではない。有機酸にはいくつかの種類があって、それぞれに抗菌作用の強さが違う。その中でも抗菌作用が強いのが酢酸や乳酸。これに比べれば、リンゴ酸やクエン酸は微弱な部類に入る。 そこで登場するのがシソパワーである。シソには、ペリルアルデヒドという香油が含まれている。ペリルアルデヒドは、強い抗菌作用があり、防腐防カビや解毒作用もあるのである。しかも、防カビ作用は塩と一緒になることでパワーアップするのだ。
梅干しは、梅を塩漬けにしたものに途中で紫蘇を追加して漬け込む。それを天日干しにして完成だ。まれに、シソを入れる前の段階で、表面がカビてしまうことがある。その場合は、表面のカビをきれいに取り除いてからシソを投入すれば問題ないと言われているそうだ。というのも、ペリルアルデヒドが加わることで防カビ効果がブーストするからなのである。 弁当に梅干しを入れて抗菌作用を狙ったのは、このペリルアルデヒドのパワーを当てにしたものだったのだ。とはいえ、この抗菌効果は梅干しの周辺にしか影響を及ぼさない。弁当のご飯全体を抗菌するのであれば、全体に混ぜないとあまり意味がない。 同じような意味で、刺し身のツマとして青じそが添えられている。香りが良いだけじゃなくて、防腐作用を狙ったものだということなのだ。ところが、近年のシソの匂いはとてもマイルド。ペリルアルデヒドは香油成分、つまり匂いそのものだ。その分だけ抗菌防腐作用も低下しているのだそうだ。昔ながらの匂いの強いシソのほうが、そのパワーは圧倒的に強いとされている。
梅干しの味そのものも、食欲増進にも効果があることから夏バテ防止とも言われてきた。それ以外にも、二日酔いの解消には梅干しを入れたお茶を飲むとか、口臭予防とか、便秘予防にアンチエイジングといった効果があると言われている。古くから言われてきていることだけれど、現代科学で見てもその健康効果が明らかになっている。
これだけ健康効果が期待できる梅干しだが、気になるのは塩分量である。昔ながらの梅干しは塩分20%が基本。これよりも塩分濃度が低いと保存性能が低下するからだ。だから、近年では減塩タイプの梅干しや調味梅が販売されている。当然、塩分濃度が低いものや、そもそも梅干しではないタイプは賞味期限が短くなっている。長くても半年くらいのものが多い。昔ながらの梅干しは、ちゃんと管理していれば100年以上の保存が可能なのだ。 塩分濃度が高く、クエン酸があり、水分量が少ない。この条件だけでも、長期保存に適していると言える。シソ漬けであれば、これにペリルアルデヒドが加わって、より安定するだろう。実際に100年ものの梅干しも存在していて、中には高額で販売されているものもある。ただし、梅干しは熟成期間がながければ長いほど美味しくなるというものでもない。だいたい5~6年が良いところだろう。それ以上は、特に変化しないのではないかという声が多い。梅干し専門店によると、美味しさの決めては作るときの状態に拠るところが大きいという。梅の種類や梅の状態。塩の種類や塩加減、漬け方だ。元が良くなければ、熟成しても美味しくならないというのは正論だ。
古い梅干しによく見られる特徴は二つ。一つは水分が抜けてしまってカスカスになっているもの。もう一つは塩を吹くくらいにしょっぱいことだ。その場合の対処法もちゃんとある。水分が抜けてカスカスになっている場合は、梅酢を追加してあげると良い。新しく漬けた梅干しが必要にはなってしまうけれど、そちらの梅酢を移植する。そうすると、梅干しがそのエキスを吸っていくらかふっくらする。塩分濃度が高すぎる場合は、シンプルに塩抜きすれば良い。梅干しの重量に対して4倍~5倍程度の水を用意して、これに梅を一晩漬けておく。だいたい塩分濃度は半分くらいになるはずだ。梅干しの大きさや状態によって異なるので、何度か試して調整するのが良いだろう。 そもそも、梅干しが美味しいと感じるのは「慣れ」の効果もある。小さい子供が梅干し単体を食べられないことがあるように、何度も繰り返して食べることで梅干しの美味しさを発見していくのだ。そのさきに、単体で食べられるという状態になる。梅干しが苦手な人は、塩抜きをした梅干しを他の食材と合わせて食べるところから始めると良いだろう。
ところで、昔から梅干しと相性の悪い食べ物としてうなぎがある。うなぎと梅干しは一緒に食べては駄目だと。どうやら、これは迷信のようだ。栄養的にも医学的にも根拠はない。むしろ、理想的な組み合わせだという人もいる。 うなぎに含まれているビタミンB1と梅干しのクエン酸は、どちらも疲労回復効果がある。しかも、梅干しは消化吸収を助ける効果もある。うなぎの脂質の消化を助けてくれるので、食後の胃もたれを軽減してくれるのだ。どの程度の効果があるかはさておき、とりあえず組み合わせとして問題ないということは確かである。
なぜ「うなぎと梅干し」が食べ合わせが悪いとされてきたのか。理由は諸説あってはっきりしない。ざっと羅列してみよう。 梅干しを食べると食欲増進に繋がるから、うなぎを食べすぎてしまう。その延長で、高級品を食べすぎないように。 うなぎに限らずだけれど、食品は腐敗すると酸味を帯びるが、梅干しの酸味がそれを打ち消してしまい気が付かない。 うなぎの脂質は胃に負担をかけるが、梅干しの酸味も負担をかけそうだし、ダブルだと胃腸が荒れる。 梅干しは脂っこい食品をさっぱりさせるから、うなぎの栄養分も流されてしまうかもしれない。 である。 現在でも気にしなければいけないのは、食べ過ぎと、その結果の散財くらいだろうか。
まぁ、味の好みは人それぞれ。味の組み合わせとして苦手なのであれば避ければ良いし、好きなのであれば一緒に食べても問題ないということだ。 まったくの余談だけれど、鰻の仲間である「鱧の落としは梅肉が定番」だ。相違点もあるけれど、多価不飽和脂肪酸が多く、ビタミンやミネラル類が豊富な鱧と梅干しの相性が良いのである。そう考えると、うなぎと梅干しの相性が良いと考えても良さそうなものだ。
迷信のような話をしたので、ついでにもうひとつ。 梅という言葉が使われているけれど、意味の分からない物がある。梅雨だ。6月頃に振るから、梅の実がなる頃かなあなんて勝手に思っていたのだけれど、実際のところどうなのだろう。 調べてみるといろんな説が出てくる。中国の揚子江あたりが由来元で、梅が熟す頃が雨期に当たるそうだ。そこから梅雨という表記をするようになった説。カビの生えやすい時期だから黴(カビ)の雨で黴雨(バイウ)となったのだけれど、カビだとイメージが悪いから同じ音の梅の文字を当てた説。*黴は中国語でメイ。 日本由来もある。室町時代に日本中で晴天が続いて作物が育たないし、田植えも出来ず困っていた。その時、後奈良天皇(1497-1557)が神のお告げに従って、賀茂神社に梅を奉納して祈った。すると、たちまち大雨が降り出して五穀豊穣をもたらしたという。この天恵の雨を梅雨と呼び習わし、感謝を表したのだ。 この話は御湯殿上日記に記されていて、1545年の6月6日(旧暦4月17日)である。この故事から、2006年、和歌山県田辺市の紀州梅の会が、6月6日は梅の日と制定している。 どれもこれも、信憑性のあるようなないような。日本由来のものは、いかにも日本らしい故事だと感じる。はたしてどうだろうか。明確にはなっていないようなので、好きなものを選んで、そう思っておいたら良いのかもしれない。
参考メモ
・アデノシン三リン酸wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%87%E3%83%8E%E3%82%B7%E3%83%B3%E4%B8%89%E3%83%AA%E3%83%B3%E9%85%B8
・クエン酸の効果:
・シソの防腐パワー実験(メガテン)
https://www.ntv.co.jp/megaten/archive/library/date/00/08/0827.html
・脂肪燃焼作用バニリン
http://www.umekounou.com/effect/fat.html
・焼き梅干しダイエット:
https://www.plumkoubou.co.jp/blog/recommend_item/125