2025/12/26
1853年、江戸湾入口の浦賀沖に真っ黒な外国船が現れた。マシュー・ペリー率いるアメリカ海軍の艦隊、通称“黒船”である。江戸幕府は大慌て。その狼狽ぶりは「泰平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も寝られず」と皮肉たっぷりの狂歌に謳われている。実はこの狂歌でうたわれた上喜撰とは、宇治の高級茶のブランドなのだ。ペリー艦隊が茶を求めたという話は聞かないが、その後の茶産業とアメリカの関係を暗示しているかのようである。 日本ではコーヒー文化のイメージが強いアメリカ合衆国は、実は建国前から茶に親しんでいた。なにしろ、紅 ...
2025/12/25
静岡の茶業は、いつから”工業”になったのだろう。工業化は時代の必然だったとはいえ、自然にそうなったのではなく、どこかの誰かが「必要だ」と感じたから始まったはず。形を変えながらも伝統産業が今も受け継がれているのは、そうした思いの結果だろうと思うのだ。あの時、誰も動かなければ、もしかしたら日本の茶業は衰退していたのかもしれない。 茶業近代化の転換点に立った一人の医師、高林謙三の生涯を追ってみようと思う。もしかしたら、現代の産業の変化に対応するヒントが見つかるかもしれない。 明治を支えた茶業 明治期の輸出産業は ...
あの雲はたぶん、バナナだ。 —「見立て」という日本の作法について 2025年12月22日
2025/12/22
「見てみて、あの雲、バナナみたい。」大人であるぼくは、娘の無邪気な声に目を細めるだけ。実にほのぼのとした時間。「あぁ、ホントだね。」言葉を返すと同時に、ある考えが浮かんできた。 雲をバナナになぞらえているのか?それとも、バナナのように見えるという感情を雲が受け入れているのか? 今じゃない。今それを考えるときではない。そもそも、そんな問いを考えたところでなんになる。 心の片隅にもやもやを仮置きして、このときは娘たちと過ごす時間に集中することにした。 見立てるってなんだろう ”見立てる”って言葉があるでしょう ...
料理の「らしさ」は、どこから来るのか。 2025年12月17日
2025/12/17
「味噌って良いよなぁ。うらやましいよ。」随分前のことだけれど、あるフレンチのシェフに言われたセリフだ。どういうこと?と思っていると、続きを語ってくれた。「普段からいろんなソースを手間かけて作っていて、たしかに、そのおかげでいろんな味のバリエーションがあるんだけどね。味噌って、もうそれそのものが完成されたソースみたいなものだからさ。こんなに完成度の高いソースを手軽に使えるなんて凄いことじゃない。和食の特権かもね。」 今でこそ世界中のレストランで醤油や味噌が使われるようになっているが、以前はそんなことはなかっ ...
タレなのか塩なのか、それが問題だ。⋯⋯いや、問題なのか? 2025年12月10日
2025/12/10
世の中にはいろんな“◯◯論争”というものがある。「2つの選択肢のうちどちらがより好ましいか」ということを論じ合うもの。資本主義と社会主義、民主主義と権威主義という難しい論争もあれば、きのこたけのこ戦争という可愛らしい論争までさまざま。 先日、居酒屋で耳にしたのは「タレ派vs塩派」論争だ。 ぼくは、料理人であり食文化探求家だ。そう名乗るならば、これにはハッキリと決着をつけねばなるまい。答えはこうだ。どっちでもいい。なんて、言ってしまうと身も蓋もない話だけど、それなりに理由がある。お察しの通り「どっちも良いと ...
2025/11/19
走る、投げる、蹴る、打つ。どんなスポーツも、一流選手の動きって、見ているだけでワクワクする。スポーツそのものがスリリングだってこともあるけれど、それ以上に「なんか人間ってすごいな」と思ってしまう。 一線を越えた世界に足を踏み入れた人たち。そこへ到達するための様々な努力は、きっと常人の想像を超えているだろう。ただ力ずくで頑張るのではたどり着けない道。そこへ思いを馳せると、あらゆるアスリートたちへの畏敬の念を持つし、それが魅力に繋がっているのかもしれない。 努力の解像度 「走る」という行為は、単純そうに見える ...
鯛がメデタイのはなぜだ? 〜祝魚の宿命を負った魚の物語。 2025年11月11日
2025/11/11
お祝いに相応しい食べ物といえば、何を思い浮かべるだろう。赤飯やエビや昆布、豆などを思い浮かべる人もいるかも知れないけれど、やっぱり「鯛」が代表格になるだろうか。日本では、ずいぶんと古い時代から「祝魚=鯛」とされてきた。 なぜだろう。どんな経緯があったのだろう。明確な根拠があるわけでもないので、様々な歴史的事象を引き並べて、その物語を紡ぎ出してみたい。それなりに資料には当たったけれど、かなり多くの部分で推測が含まれている。ということで、ここから先は「個人的な仮説」と思って読み進めていただければと思っている。 ...
ビジネスの「価値」、社会的存在としての「価値」〜飲食店の未来を考える。 2025年11月10日
2025/11/10
外食産業って、どういう存在なんだろう。歴史を紐解けば、いくつかの目的がルーツとして見えてくる。 ざっくり外食文化の歴史 最初は、外出時の食料供給。旅に出たら、移動中の食料をすべて持ち運ぶのはなかなか大変だ。何週間も歩いて行くのに、その間の食料を持参するには無理がある。しょうがないので現地調達をすることになる。狩猟採集で賄うというのは、アニメなどでも描かれることだけれど、ある程度まとまった数の人が求めるのであれば、必要に応じて外食が発生するというもの。ビジネスとして儲かる。というのもあるけれど、そればかりで ...
「ブルーカラーミリオネア」働く“手”の知性。 2025年11月4日
2025/11/4
アメリカで"ブルーカラーミリオネア”現象が起きているらしい。AIの登場で、知的労働領域が急速に自動化・効率化され始めた。その結果、いわゆるホワイトカラーの仕事はAIに代替され、人間の出番が減っている。その一方で、フィジカル領域はAIの導入が進んでいない。ということで、相対的にブルーカラーの仕事のほうが価値が高まっていく。 「早晩そうなるだろうな。」と言われていたことが早くも現実になったわけだ。 知的労働と肉体労働ってなんだろう 歴史を振り返ってみれば、人類はずっと肉体労働が中心の社会で暮らしてきた。もちろ ...
田舎の都市生活。〜“出前が届かない”時代に生きる。 2025年10月22日
2025/10/22
先日、久しぶりに旅行に出かけた。帰り道、山間地域を通り抜ける。ほとんど商店というものは見られない一帯。時計の針は夕方と呼べる時刻を指していたけれど、空はまだ明るく、山も畑も、所々に群れをなす住宅もはっきり見えた。秋の日はつるべ落とし。ほどなく、薄暗がりの中に明かりが灯り始めた。 買い物にはどこまで行くんだろうね。 日用品を揃えるには、車で出かけていくのだろう。15分ほど前に大手スーパーや雑貨店が立ち並ぶ地域を通り過ぎたところだ。コンビニもファミレスも、それ以来目にしていない。近所に小さな商店があるのかな。 ...