今日のエッセイ-たろう

【セッション紹介】ガストロノミーシンポジウム掛川2026

2026/1/28

「ガストロノミーシンポジウム掛川2026」。これ、毎回書いていて思うんだけど⋯長いよね。字面的に。とりあえず記事の中では略称で表記することにする。何が良いかな。8つのトークセッションで構成されている。ということで、それぞれのセッションについて紹介したい。 トークセッションとはなにか? まず最初に整理しておくと、「”特定のテーマについて自由に対話や議論を行う”ことをイベント化したもの」というのが一般的だと思う。当たり前かもしれないけれど、定義として理解しておくことは大切なのだ。というのも、対話や議論がほとん ...

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ガストロノミーシンポジウム掛川2026

2026/1/15

2026年2月23日。ガストロノミーシンポジウム掛川2026を開催する。昨年の今頃、同じ書き出しで文章をしたためた。2回目の開催ということだ。 今回は少しばかり名前を変更して、”掛川”という地域名を後ろに表記した。もちろん理由がある。「ガストロノミーシンポジウムのようなイベントが、あっちこっちで乱立してくれたら良いな」「でね。それぞれが独立しているんだけど、なんとなく繋がって交流がある。そういう感じが良い」というのが当初の願い。そういう意味では、地名が強く出過ぎないほうが良い。と思ったんだ。 さて、ここか ...

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みりんを「酒」として飲んだことある? 2026年1月14日

2026/1/14

世の中は、思い込みで溢れている。だからといって、日常生活で困ることなんてない。それどころか、思い込みのおかげで“考えずに判断”できるわけだし、場合によっては思わぬイノベーションを起こすこともある。まぁ、それがイノベーションだったと気がつくのは後の時代だということも多いのだけど。 ただ、”もったいない”とは思うのだ。思い込みのせいで、無意識のうちに使い道を制限していることもある。誰でも一度くらいは「その手があったか」と思ったことがあるだろう。まるで斬新なアイデアのように感じるのだけれど、実は”別の誰かの認識 ...

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「時間で働く」は、いつから正解になったのか。

2025/12/29

“深夜帯に「休憩時間を過剰取得」で懲戒”というニュースを見た。別に、この件について意見があるわけじゃない。ただ、ちょっとした違和感を覚えたのだ。しばらくニュースのことは忘れていたのだけど、今頃になって違和感の正体に気がついた。 それは「そもそも“時間で働く”という概念が実態に即しているのか?」という、問いとして湧き上がってきた。 働くことは暮らしの一部 現代では、多くの人が生活空間と職場が分かれている。自営業者ですら“通勤”している人も少なくない。だけど、人類は長いあいだ日常の暮らしと働くことは地続きで、 ...

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絵に描いた餅は、食べられない。—「わかったつもり」と「腑に落ちる」 2025年12月27日

2025/12/27

見たこともない食材に出会った時、どう調理して良いのかわからないということがある。下処理だとか、調理方法だとか、味付け、相性の良い食材、などが想像つかない場合のはなし。まずはインターネットで検索するだろうか。だけど、その食材の名前がわからなかったら、ちょっと困る。図鑑で調べたり、AIに画像解析してもらったり、別の方法で調べることは出来るが、なかなか面倒ではある。そんな時、料理人は調べもせずに答えを導き出してしまうことがある。 身体知を使う とりあえず、蒸したり焼いたり揚げたりしてみる。生でかじってみることも ...

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誰のためのお茶か。—輸出から日常茶へ

2025/12/26

1853年、江戸湾入口の浦賀沖に真っ黒な外国船が現れた。マシュー・ペリー率いるアメリカ海軍の艦隊、通称“黒船”である。江戸幕府は大慌て。その狼狽ぶりは「泰平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も寝られず」と皮肉たっぷりの狂歌に謳われている。実はこの狂歌でうたわれた上喜撰とは、宇治の高級茶のブランドなのだ。ペリー艦隊が茶を求めたという話は聞かないが、その後の茶産業とアメリカの関係を暗示しているかのようである。 日本ではコーヒー文化のイメージが強いアメリカ合衆国は、実は建国前から茶に親しんでいた。なにしろ、紅 ...

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近代茶業を支えた意思。—高林謙三という選択

2025/12/25

静岡の茶業は、いつから”工業”になったのだろう。工業化は時代の必然だったとはいえ、自然にそうなったのではなく、どこかの誰かが「必要だ」と感じたから始まったはず。形を変えながらも伝統産業が今も受け継がれているのは、そうした思いの結果だろうと思うのだ。あの時、誰も動かなければ、もしかしたら日本の茶業は衰退していたのかもしれない。 茶業近代化の転換点に立った一人の医師、高林謙三の生涯を追ってみようと思う。もしかしたら、現代の産業の変化に対応するヒントが見つかるかもしれない。 明治を支えた茶業 明治期の輸出産業は ...

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あの雲はたぶん、バナナだ。 —「見立て」という日本の作法について 2025年12月22日

2025/12/22

「見てみて、あの雲、バナナみたい。」大人であるぼくは、娘の無邪気な声に目を細めるだけ。実にほのぼのとした時間。「あぁ、ホントだね。」言葉を返すと同時に、ある考えが浮かんできた。 雲をバナナになぞらえているのか?それとも、バナナのように見えるという感情を雲が受け入れているのか? 今じゃない。今それを考えるときではない。そもそも、そんな問いを考えたところでなんになる。 心の片隅にもやもやを仮置きして、このときは娘たちと過ごす時間に集中することにした。 見立てるってなんだろう ”見立てる”って言葉があるでしょう ...

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料理の「らしさ」は、どこから来るのか。 2025年12月17日

2025/12/17

「味噌って良いよなぁ。うらやましいよ。」随分前のことだけれど、あるフレンチのシェフに言われたセリフだ。どういうこと?と思っていると、続きを語ってくれた。「普段からいろんなソースを手間かけて作っていて、たしかに、そのおかげでいろんな味のバリエーションがあるんだけどね。味噌って、もうそれそのものが完成されたソースみたいなものだからさ。こんなに完成度の高いソースを手軽に使えるなんて凄いことじゃない。和食の特権かもね。」 今でこそ世界中のレストランで醤油や味噌が使われるようになっているが、以前はそんなことはなかっ ...

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タレなのか塩なのか、それが問題だ。⋯⋯いや、問題なのか? 2025年12月10日

2025/12/10

世の中にはいろんな“◯◯論争”というものがある。「2つの選択肢のうちどちらがより好ましいか」ということを論じ合うもの。資本主義と社会主義、民主主義と権威主義という難しい論争もあれば、きのこたけのこ戦争という可愛らしい論争までさまざま。 先日、居酒屋で耳にしたのは「タレ派vs塩派」論争だ。 ぼくは、料理人であり食文化探求家だ。そう名乗るならば、これにはハッキリと決着をつけねばなるまい。答えはこうだ。どっちでもいい。なんて、言ってしまうと身も蓋もない話だけど、それなりに理由がある。お察しの通り「どっちも良いと ...

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