今日のエッセイ-たろう

価値と価格のバランス。 2023年10月11日

お店によって、訪れる頻度はいろいろだ。一ヶ月に何度も訪れる店もあるし、年に一度だったり、数年に一度、一生に一度ということもある。物理的な距離や、心理的な距離によって違いが出来るのだろうか。金額的なこともあるだろうし、そもそも用がないということもある。事情はいろいろだ。

ぼくら飲食店にとって、八百屋や魚屋のように仕入れを行うお店との接点は頻度が高い。魚の場合は、お店に買いに行くと言うよりも注文して配達してもらうのが一般的なのだけれど、やっぱり週に何度も会うことになる。それに比べれば、厨房機器メーカーとの接点は低くて、滅多に担当者に会うことはない。担当が変わったからと挨拶に来られるケースもあるのだけれど、1年の間にほとんど会うこともなくて、それほど親しくなってもいない人との別れには、残念ながらなんの感慨もないというのが現実だ。

数年に一度しか購入することがないものとして、機械を例にあげたのだけれど、車もスマホもそうしょっちゅう買い替えるということはないよね。価格が高いこともあるけれど、商品を使用する期間が長いからってことも大きい。接点という意味だけであれば、車の場合はメンテナンスで利用するからそれでもつながりがあるのかもしれない。

飲食店とお客様の距離感は、コロナ禍でずいぶんと離れてしまったかもしれない。外食を控えようというのがムーブメントだったわけだから、しょうがない。なるべく繋がりが途切れないようにと、手紙を送っていたのだけれど、それもまたずいぶんとコストがかかることだから、限られてくる。メールアドレスを取得しておくとか、メンバーシップを構築しておくとかしておけば良かったと思うのだけれど。その仕組を構築している最中のことで、少し遅かったな。

数年ぶりに注文をいただく時に、値上がりに驚くお客様もいる。昨今は、エネルギーコスト増大などの影響でインフレ傾向だから特に顕著だけれど、そもそも5年間で全く値上がりしないことのほうが不思議なのだ。経済成長は緩やかなインフレ、リフレと呼ばれる状態が好ましいと言われている。だから、普通に考えれば5年前と今が同じ価格であることのほうが異常とも言える。

日本経済は停滞している。と言われていて、たしかに経済成長率は低調だ。それが原因なのかはわからないけれど、ぼくたち生活者の感覚も低調なものになっているのかもしれない。5年前のことであっても、価格が変わらないものだと思いこんでいる。全てではないけれど、なんとなくそういう感覚がどこかにあるのかもしれない。

いかに、ファストファッションが安くても、ファストフードが安くても、それはじわりじわりと価格上昇するものなんだよね。

車やスマートフォンは随分と値上がりした。もはや500万円でもハイエンドモデルの車を購入することは出来ないし、スマートフォンの最上位機種は20万円に届くほどだ。どちらも世界商品になっているから、海外基準の価格設定が通用しているといえばそうなのだろう。

価格の上げ方にも少し違いがあるような気がしている。車やスマートフォンを例にあげれば、同じものをそのまま値上げしないことが多い。大抵の場合は、モデルチェンジのタイミングで価格が改定される。機能が上がったというのもあるけれど、その都度原価の上昇分を反映させているのだろう。

同じものの価格を上げるというシンプルな値上げは、なかなか市場に受け入れられないものなのだろうか。もし、生活者の所得に余裕があったら、それは気にもとめないほどのことになるのだろうか。経済学者でもないぼくは、よくわからない。それに、生活者の「感覚」の集合体を分析するというのは、どういうロジックでやるものなのだろうな。

飲食店で「モデルチェンジ」というのは、どういうことにあたるのだろう。ふぐコースtype2とか、2023年モデルとか、名前をつけたら良いのかな。それはそれで違和感があるけれど、やりようによっては定着させられるのだろうか。仮にそうだとしても、内容を進歩させるのは容易ではない。ぼくら料理人の技術が上がったとしても、一定のレベルを超えると「上昇したことが伝わらない」という状態になる。食べる人に高度なリテラシーが求められるようになってしまう。ごく一部の人にしか伝わらない「バージョンアップ」は、ビジネス上、商品力が上がったことにはならないか。

スマートフォンの進歩も、どうやら限界に近い気がしている。処理速度が上がったり、バッテリーの持ちが良くなったり、ストレージが大きくなったりと、基礎体力の部分が上昇しているのだけれど、それは一部の人にしか伝わらないものなのかもしれない。誰にでもわかるようにしようとすると、どのメーカーもカメラ機能が充実したと謳うより仕方がないのだろうか。ニーズが有る人ならば良いけれど、そろそろ「使わないけれど搭載されている」という人も増えてきているらしい。もはや、「新しい」というブランドで売っている状態に近づいている。

今日も読んでくれてありがとうございます。一度値下げや広告実施して、満席が常態になったところから徐々に価格を上げていく。ブランディングの常套手段だけれど、それが一番実効性が高いのかもな。あんまり気乗りしないんだけど。価格設定とは、こうも難しいものかと改めて考えさせられる。値決めは経営。まさしくその通りですな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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