今日のエッセイ-たろう

明治生まれの「日本料理」と「芸術」②

昨日の続きです。

芸術という言葉は、明治時代になってアートの和訳として作られた言葉だという話をした。そして、芸術は目的を持たない美の表現という定義があったということだった。さて、同時期に登場した「工芸」ってのは一体何だというのが今日の話。

工芸は、芸術から漏れた創作物を指して日本独自に作られた言葉だ。海外から伝えられた言葉を和訳したわけじゃないらしい。芸術じゃないもの。なんてことだ。この定義に沿ったおかげで、日本の伝統的な創作物は全て「工芸」になってしまった。だから、刀剣も漆塗りの金蒔絵も九谷焼も有田焼もくまの木彫りも、みんな工芸ってことになった。それどころか、屏風絵も襖絵も掛け軸もだ。

版画である浮世絵なんて、大量生産が一番の目的なんだよね。肉筆画だと、ごく一部の限られた人しか見ることが出来ない。これを、木版を使って大衆が楽しめるようにしたのが版画ね。菱川師宣が生み出した錦絵とか浮世絵と呼ばれるものは、大量生産をして売るために誕生したものだ。およそ、前述の芸術の定義には当てはまらないと思える。

で、これらは「工芸」に分類された。だから「日本画」という言葉が表す絵は、明治以降に西洋美術の影響を受けて描かれたものだけを指すようになったんだね。

でもさ。ここで工芸にカテゴライズされたものは、実際に見るとアートと呼んで差し支えないモノなんじゃないだろうか。特別に有名な作家ではなくても、それはちゃんとしたアートだと思うんだよね。実にクリエイティブで、見る人の心を動かすだけの力を持っているように思える。まぁ、ぼくの主観だけどね。

言いたいのは、定義と実際の間に違和感があるってこと。

現代では歌川広重も葛飾北斎も、海外の美術館で収集されているくらいに認知度が高い。葛飾北斎なんて西洋画家たちに大きな影響を与えていて、印象派に繋がったというくらいだ。富嶽三十六景神奈川沖浪裏は、めちゃくちゃ有名だよね。富士山はちっちゃく描かれているだけだけど、日本人にとってはこれも富士山の絵。だけど、海外では「波の絵」として超有名。そりゃそうだろう。画面いっぱいに波が描かれているんだから。しかも、思いっきりデフォルメされている。写真が無かった時代に、まるでカメラで波が崩れる瞬間を捉えたような波の形を表している。技術よりも、その動きのある波の表現に心を動かされるものがある。というのだ。仏像や器も、現代では世界各地の美術館の収蔵品になっている。ちゃんと世界でアートとして認められているということなんだよね。

個人的な主観を裏付けるような都合のいい事例ばかりを並べているみたいだ。なのだけれど、今まで工芸と呼ばれているものはアートでもあると解釈しても良いのじゃないかなあ。

現代では、漆塗りとか焼き物とか刀剣、金属加工の技術を現代アートに転用することが増えているそうだ。木彫りの熊だけの展覧会も開かれるようになったしね。美術館で輪島塗の展覧会があっても良いんじゃないかなあ。いや、実際にあるのかどうかは知らないんだけどね。

もうね。工芸という言葉から外してしまったら良いのではないかと思うんだ。というのも、アートは目的を持たないものという定義が不自然なんだよね。目的を持たないものしか認めないのであれば、最後の晩餐もサモトラケのニケもアートじゃないってことになってしまうでしょう。

工芸って、英語だとクラフトって訳されるんだよね。だけど、なんだかちょっと違和感がある。クラフトって日用品を手作りで作るっていう感覚だから、工業製品の対義語みたいなイメージが強いんだよね。まぁ、ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動みたいなこともあるから、一概には言えないけど。クラフトにもアートをって考え方は、日本の伝統的なアートと通じるところがある気がする。

漫画「美味しんぼ」の中で、登場人物の海原雄山が料理は芸術だって言うんだよね。なんだけど、ぼくにはちょっと違和感があるんだ。芸術って言われると、実用性が置き去りになっているような感覚があるんだよね。愛でるだけのものじゃないし、芸術のための芸術じゃない。と感じたんだよね。食べる人のことを思って作るのが料理。その結果として、芸術っぽくなる。実用性があるから美が宿るのであって、実用性を伴わない料理はもはや食材を使った造形物であって、料理ではない。で、伝わるかなあ。あくまでも食事じゃなくちゃ意味がないんだよね。

でね。今回、芸術と工芸という言葉の成り立ちを勉強してみて、違和感の正体が見えた気がしたんだ。実用性があるからこそ宿る美があるんじゃないかってこと。そして、この観点はアートの和訳としての芸術からはこぼれ落ちたものだと。当時の西洋人には理解の外だったのかもしれないなあ。そういう意味では、ぼくら現代人も同じだろうけど。だからこそ、浮世絵の用途を忘れて芸術として受け入れられるのかもしれないけどね。

今日も読んでくれてありがとうございます。まだまだ、勉強することは多そうなジャンルだよね。ちょこっとだけ上っ面を触っただけ。これはこれで、ちゃんとやると番組が一つ出来るくらいの量があるんだろうなあ。ホドホドに、でもちゃんと見る事ができるくらいには理解したいところだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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