「生産効率向上」と「原料を使い切る」ということ。 2023年11月18日

生産効率をもっと向上させよう。というのは、多くの企業が取り組む内容だ。これを下げようと努力する企業はないだろう。なるべく少ないリソースで多くの商品を生み出すのは、産業の宿痾みたいなもの。経営の神様とも呼ばれた稲盛和夫氏は、よく「この空気から作られないかな」と言っていたという。

100の原料があって、そこから生み出されるモノが30なのか60なのかでは、利益率が大きく違う。関わる人の数も、少なければ少ないほうが利益率は高い。というのは小学生でもわかる話だろう。

ところが、もしかしたらこの取り組みには落とし穴があって、逆に生産性を下げているのかも知れないのだ。

例えば、「胡麻からゴマ油を絞る」「大豆から豆乳を絞る」というのは、たべものラジオで取り上げた事例だ。同じ量の原料から多くの製品を生み出すことが出来ているのだけれど、絞り粕の使い道がかなり限定されてしまう。

絞り出した液体だけに目を向けると効率が良くなっているのだけれど、絞り粕の価値の低下をまねいている。歴史を掘り返してみると、絞り粕の活用は多岐に及んでいたし、よく食べられてきた。滓とは言うけれど、ちゃんと美味しくて立派な商品になっているのだ。

最近では「おから」や「卯の花」が店頭に並ぶ量は減った。豆腐業界の人達の声を聞くと、「おから離れ」が聞こえてくる。確かにその傾向はある。けれども、ぼくは「おからの味が薄くなった」と、感じてしまっている。美味しいところは、みんな持っていかれてしまっていて、文字通り「滓」になってやしないだろうか。

全体を使い切る。という思想は、実は随分前に父から言われたことでもある。というか、ぼくらの業界では当たり前のことなのだ。

最も効率よく昆布出汁を抽出するには、60度のお湯に60分である。というのは、科学的に証明されたそうだ。ただ、これをやってしまうと料理としては昆布の使い道がなくなる。味のない昆布を、ただの水溶性食物繊維の塊として食べるか、それとも土に還して肥料にするのか。つまり、食材としての価値が著しく低減するのである。

だから、ぼくらは「敢えて」多めの昆布を使って、昆布に旨味が残るように昆布出汁を取る。そうすれば、出汁も昆布も価値が損なわれないままだ。同じ理屈で、大根の皮も「あえて」厚く剥くこともある。そうすれば、大根の皮でキンピラを作ったり、切り干し大根を作ったり出来るからだ。

原料の全てを使い切って、なおかつ全てに価値を生み出す。この考え方を、社会全体に適用することは出来ないのだろうか。ゴマの絞り粕も、大豆の絞り粕も、その多くは飼料や肥料になってきている。それはそれで無駄になっているわけじゃないのだけれど、これから食料が不足することがわかっているという中で、「搾り取りすぎない」という選択肢があっても良いのじゃないだろうか。せめて、検討するくらいのことはしているのだと思いたい。

完全に妄想なのだけれど、もしかしたら大豆ミートの味を良くするには、大豆油の圧搾率を悪化させるだけで良いってことないかな。いや、ならないかもしれないし、もっといろんな物事が複雑に絡み合っているのだろうけれどね。

今日も読んでくれてありがとうございます。「胡麻の油と百姓は、絞れば絞るほど出るものなり」とは、幕臣神尾春央が言ったことになっているセリフ。百姓からめちゃくちゃ恨まれて大変なことになったらしい。胡麻も大豆もが、いつ決起するかとひやひやするよね。

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コメント
  • いつも楽しく拝読しております。オフ会お疲れ様でした。
    山本七平さんの著書「日本人とは何か。」の「五公五民と藩の経営」という章に、ある教授が、徳川時代の農民が五公五民でいかに苦しめられていたか講義していたところ、米国人学生が「では日本はその米をどこへ輸出していたのか」と質問して教授が答えに窮したというエピソードがあったのを、ふと思い出しました。
    同書によると、徳川時代は、検地が概ね二回程度しか行われず、検地に反対する一揆が実に多かったとのこと。享保期から定免法になったこともあり、神尾の時代は「搾り取れた藩(”米本位制”下の藩)」と「あまり搾り取れなかった藩(貨幣経済に移行しつつあった藩)」が徐々に顕在化しつつあった時代だったのかもしれません。田沼時代の本多利明からすれば、神尾の考えは結構アナクロに見えただろうな、と感じました。
    一方で現在は、フードテックほか様々な技術の発達によって、原料の搾り滓を含めた用途を、食料のみならず、環境、エネルギーなどの新しい視座で捉え直す必要性が顕在化している時代になっているように感じています。後世から見て、こうした私見はどのように見えるでしょうか。

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