今日のエッセイ-たろう

境界を越えるのは、個人的な繋がりから。越境したら見えるイノベーション。 2024年11月14日

料理の世界に科学の知見を。こんなことが言われ始めたのは最近のことではない。というのも、数十年も前には書籍になっていて、それを読んだことがあるからだ。にも関わらず、あまり料理に科学の知見が持ち込まれているようにも思えないし、直近ではスペインのサンセバスチャンを拠点とした「バスクカリナリーセンター(以下BCC)」が積極的に開発を行っていて、その活躍は目覚ましい。日本でも、実装に向けて本格的に動こうと「ガストロノミーイノベーションキャンパス東京」が動き始めている。

個人的に、実に良いことだと思っている。父はかなり早く、30年以上前から真空調理などの当時の新技術を率先して取り入れていたし、焼かないだし巻きたまごなるものも考案していたのだが、これも化学が基礎になっている。私も、茶や出汁と水の関係を考えるときには、いろいろと科学的な情報を集めてきたし、ごま豆腐なんかもアミロースのことや物性についての勉強をしてみたりしてきた。焼き魚は強火の遠火が良いとか、炭火が良いと言われているけれど、それは科学的にどういうことなのかもかなり興味がある。伝承されてきた知見を科学的に説明することは、再現性を高めるだけでなく、次のステップに進むための土台になりうる。感覚だけに頼るよりも、少しばかりイノベーションが早くなると思う。

先日、BCCで科学調理を教えている方のお話を伺う機会をいただいた。紹介されたいくつかの事例は、どれも興味深くてもっと詳しく聞いてみたいところだったが、このときの論点はトレイニングフォートレーナー。研究者と料理人との融合についてだった。

端的に言ってしまえば、科学者と料理人の会話は成立しにくいのだ。お互いに同じ自然言語を話しているにも関わらず、お互いに何を言っているのか理解できない。それほどに、思考プロセスも違えば食に対する姿勢も、業界の常識も違う。

下手をすると、互いに小馬鹿にしている場合すらある。というが、よく分かる。実際にクリエイティブな料理を作っている料理人の中には、科学なんかで数値化出来るわけがないと思っている人もいるし、あまりにもファジーな感性を数値化することに意味なんか無いと思っている節がある。私も、その考え方には同調する部分がある。一方で、科学的に見ればあまりにも粗雑な作業をしているのが料理人だ。最古の実験室ともいえる調理場では、化学では考えられないほどにあいまいな数字がさも当然のように使われている。再現性がとても低いのだ。

こうした意識的であったり無意識的であったりする境界を越えることで、新たな料理は生まれるはずだ。いまや、最低限のおいしさは当たり前になっているのだから、料理人に求められる素養は別のものに進化していかなければならないだろう。住居や衣服がそうであるように、デザイナーとしてのセンス。そして、それを支える科学的な知見である。

シェフから、こんなことは出来ないかというアイデアが提案される。それに対して、科学の知見で方程式に落とし込んで研究し、解を提案する。それを元に、さらにシェフが料理を創造する。そんな流れが生まれる。という。

しかし、そんなに簡単に行くものだろうか。と、概ね賛同しながらも懐疑的でもある。そんなに簡単にアイデアもニーズも出てきやしないだろうと思っている。なぜかと言えば、ほとんどの料理人は、現状の調理技法で十分に満足しているし、それ以上のことは求めていないからだ。仮に、シェフから科学者へアイデアがもたらされたとしても、それは世間一般に広く使われる技術やプロダクトになりにくいのではないだろうか。

だからこそ、お互いに越境する必要があるのだろうと思う。料理人はもっと科学を知った方が良いし、科学者は料理を知ったほうが良い。科学では当たり前の概念や単語を理解できる程度には勉強した方が良いし、ひと煮立ちがどういうことかを体験したほうが良い。それは、住居で言えば建物の強度や工法の話である。私達がチームとして進むべきは、その先だ。

食にクリエイティビティが必要なのかといえば、おそらく必要だろうと思う。長くなるので割愛するが、かつての未来予想図で描かれていた「完全食品」が日常食になっていないことがなによりの証左だろう。食を通じたポジティブな感情が健康にどれほど寄与するかについては、それこそ科学的アプローチでジャーナルが存在している。

料理人に「アイデアを出してくれ」と言っても、そんなに簡単に返事は来ない。ゼロではないけれど、少ない。それは、情報が足りないのだ。だからといって、情報を渡すだけでもダメ。直接会って、一緒に作業する。そのくらいの直接的でスピード感のある共有体験が知見を融合させるのではないだろうか。食に関するラボが大学などの研究機関の外側に存在する最大の意義は、そこにあるのだろうと、思っている。

今日も読んでいただきありがとうございます。科学を道具のように使うというのが基本だよね。道具が高度化する分だけ、使うための知識が必要になるし、五感をブーストさせる体験や知見が必要になるはずなんだ。それが、芸術や思想や哲学や文学なんだと思うよ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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