生成AIが社会的に話題になったのが、2022年末頃のこと。あっという間に2年以上の月日が流れた。最近になって色々と試してみているのだが、これなかなか面白い。「便利」とか「ビジネスで活用」といった話を聞くことがあるし、ぼくもその目的で使うこともある。それはそうなのだけど、同時に面白いという感情も湧き上がってきている。ぼくはやらないけれど、名前をつけたくなる人の気持ちもちょっとは分かる。
実はちょっと、生成AIに期待していることがある。もしかしたら、料理を楽しむ人が増える可能性があるんじゃないかと、ね。そんなわけで、料理を作るステップを一端整理してみよう。わかりやすくするために、めちゃくちゃ大雑把にカテゴライズする。必ずしも全て当てはまるわけじゃないのは承知の上での思考実験だと思っていただきたい。
料理を作るときは、ざっくり2つのパターンに分けられる…と思っている。
レシピ再現型と、材料先行型だ。
レシピの再現では、「今日はなにを作ろうかなぁ」と、手持ちのレシピブックやレシピサイトを眺めるところから始まる。「よし、こんな料理を食べたいぞ」と決まったら、食材をチェック。手元にある食材と見比べて、足りないものは買い物リストにチェックする。ネットスーパーでも良いけど、やっぱり今日食べたいものは今日手に入れたい。だから、近くのスーパーマーケットへと足を運ぶ。
一方、材料先行型では、スーパーマーケットから話が始まる。カートを押しながら、野菜コーナーを歩き回り、あっちへウロウロこっちへウロウロ。「お、このナスは美味しそうだ」とか「トマトがいい色しているなあ」だとか、野菜そのものに感想を抱く。売り場を歩いているうちに、「食べたい」とか「安い」といった理由で集められた食材がカゴを埋めていく。この時点で、どんな料理になるのかは決まっていないことも多い。
さて、あなたはどちらのパターンが多いだろうか。
ぼくは、圧倒的に後者が多い。別に、これといったこだわりがあるわけじゃない。自然とそうなっているというだけのことだ。だから、レシピを再現しようとすることだってある。ただ、普段は材料が先に決まることのほうが多いのである。
だいたい、買い物をしながらぼんやりと料理を想像するし創造する。なにも“新しいレシピを作り出そう”なんて大層な話じゃない。煮る、焼く、挙げる、蒸すなどの調理技法について色々知識がある。食材の組み合わせについてもそれなりに知見がある。それらの知識を使って、スーパーに並んだ食材を見ながら組み合わせているだけなのだ。魚を見ていたら料理が思い浮かんできて、慌てて野菜コーナーに戻ることもしばしばだ。◯◯焼きとか、□□煮といった名前なんて想像もしていない。レジに並ぶ頃になって、ようやく「なにを作るか」が定まってくる。
こんなことをしている人はそこら中にいるのだと思う。少なくとも、祖母はそうだった。買い物かごを肘にかけたまま頬に手を当てて売り場を眺めている姿は、たぶん脳内で調理をしていたのじゃないだろうか。そして、「そんなのアタリマエよ」と言いそうな人をぼくは何人も知っている。
しかし、レシピ再現型の人がとても多いらしいというのを、SNSという風の噂で目にした。どの程度の人口がいるのかわからないい。ただ、スマートキッチンの進化の方向はレシピ再現型をベースに開発されているような気がしている。ぼくとは、あまり話が合わなそうだ。
ところが、である。ChatGPTが言うには、材料先行の方が得意らしいのだ。いや、生成AIが自らそう言っているのだ。「先に買い物をしてきてください。それを元に献立を提案します」とね。
これは、料理に苦手意識のある人にとっての補助輪になるかもしれない。買い物をするときには、ただ直感で「おいしそうと感じた」食材を選べば良いということだ。目利き能力が試されるけれど、何度か繰り返すうちに良くなっていくはず。そうすると、レシピ再現型よりもおいしい料理が出来る可能性が高まるのではないかと思う。というのも、レシピ再現型の場合、必要な食材を買い集めるという姿勢になるため、食材そのものの良し悪しに意識が向きにくいからだ。
例えば、レシピ再現にほうれん草が必要だとする。売り場に並んだほうれん草の中からより良い物を選ぼうとはするだろう。だけど、隣に並んでいた小松菜には目が向かないかもしれない。その日の野菜の状態を見たら、小松菜のほうが美味しそうで状態が良く、もっと美味しく食べられるかもしれない。
繰り返しになるが、「普段からやっている人にとってはアタリマエのこと」だし、調理の基本だ。ところが、レシピ再現が料理のスタートであることもある。ぼくだって、どちらのパターンもある。「レシピを全く見ないか、見ても参考程度」という人もいれば、「レシピ通りにしか作らない」という人もいる。そんな具合に、いろんな状況が発生しているのが自然なことなのだろう。
ただ、ちょっと気になっているのはクラスターごとの偏りである。地域や文化による違いもあるのだけれど、家電開発者などが「レシピ再現型」に偏っている場合だ。そうなると、今も続々と登場している最新型のAI搭載家電は、「レシピ再現型」に最適化されていく。これは憶測の域を出ないのだけれど、この構造が「色々機能がついた電子レンジ」の機能を使い切れない理由なのだろうと思う。機能の多くは「レシピ再現型」の思考で、「材料先行型」にとっては無用の長物。
で、問題はここから。この先、AI家電はどんどん増えていくだろう。もし、「レシピ再現型」のための家電が大勢を占めるようになったらどうなるだろうか。そうした家電しか見たことがない世代は、料理というものをどのように捉えるだろうか。モノは人間の生活に大きな影響を与えるし、生活習慣が変われば思考方法も変わっていく。地球環境が刻々と変化していく中で、レシピのために食材を手に入れるというスタイルが、環境負荷をかけずに持続できるものなのだろうか。
現代人にとっては「アタリマエのバランス」も、将来世代ではどうなるかわからない。そんな中で、生成AIが料理の原点への回帰を促すというのが、とても興味深いし、希望でもあると思える。
今日も読んでいただきありがとうございます。アフォーダンスってあるでしょう。アフォーダンスというのは、モノや環境が人の行動を引き出す性質のこと。食の歴史を勉強するとアフォーダンスの連続だったりする。それが良いこともあれば悪いこともある。価値判断は難しいかもしれないけれど、モノづくりや商品開発の段階で、もう少しアフォーダンスについて考えたほうが良いんじゃないかと思うんだよ。