今日のエッセイ-たろう

埋もれた文化なんてない。〜茹で落花生が教えてくれたこと 2025年9月29日

「茹で落花生って、みなさん食べますか?」
茹で落花生の写真に添えられたコメントは、たべものラジオのオンラインコミュニティでの投稿。
何気なく「食べますよ」と返信するついでに、
「掛川のある遠州地域では昔からよく食べます。お祭りの振る舞い料理の定番です。」
と付け加えた。

茹で落花生は、地元では秋の定番のおつまみだし、子供の頃から慣れ親しんだ食べ方だった。聞いた限りでは、掛川だけでなく近隣市町でも共通の食文化らしく、遠州地域全体だと思っていた。だけど、どうやらそうではないらしい。地域差がありそうだ。

落花生のある食文化

落花生と言えば千葉県である。何と言っても国内生産量のおよそ8割が千葉県産。静岡県と鹿児島県のお茶の生産量を合計しても、やっと全国シェアは7割程度。千葉県単独で全国シェア8割がどれほどすごいかわかろうというものだ。

そんな千葉県なら、きっと茹で落花生を食べる文化があるはずだ。と、語気を強めるまでもなく、それは一般的に食べられるものなのだ。さほど長くはないが、ぼくも一時期は千葉県民だったからよく知っている。近所の居酒屋で食べて、郷里を懐かしく思ったものだ。

茹で落花生というのは、基本的に畑から掘りたての“生”の落花生を茹でたもの。収穫してから時間が立つと硬くなるし、味も落ちてしまう。だから、基本的には「産地の料理」なのだ。
今でこそ、冷凍の生落花生も流通しているし、茹で落花生を真空パックした商品もある。しかし、これまで長らく全国区ではマイナーな存在だった茹で落花生は、なかなか地域外で市民権を得ることが出来ないでいる。

ところで、掛川って落花生の産地だったっけ?
不意に湧き上がってくるのは、そんな疑問だ。

もちろん、いくら千葉県がシェア8割と言っても、残りの2割は国内の何処かで生産されているはずだ。実際、冒頭の投稿をされた方だって落花生を栽培している農家さんだ。だけどさ、「茹で落花生=定番の食べ方」と言えるということは、それなりに量産していなければならないはずだ。
遠い記憶をたどれば、近所にも落花生畑があった。小学校への通学路の途中、猫の額ほどの面積だったけれど、落花生という不思議な植物をシゲシゲと眺めたことがある。あれが、本当にあちこちにあったのだろうか。

遠州の落花生

落花生の歴史や文化については、いずれたべものラジオで取り上げることにして一旦横に置く。今は遠州地方の落花生に集中だ。とはいっても、ごく僅かな限られた地域の落花生文化など、書籍や研究資料があるわけもない。しょうがないので、もっとも手っ取り早いアクションを取ることにした。アクションコマンドは「聞く」である。

ロールプレイングゲームでも、村人などから情報を集めるのは基本中の基本。とはいえ、聞くべき相手は誰でもいいわけではない。それなりに、長い期間遠州地域に根を下ろした生活をしているのが、まず第一の条件。つまり地元のおっちゃんおばちゃんである。できれば、農産物や食文化にも詳しい人がいればありがたい。

アラカン世代に聞いたところ、やっぱり子供の頃から茹で落花生を食べていたらしいということがわかった。確かに、掛川周辺地域では落花生の栽培が盛んに行われていたようだ。もう少し上の世代で、農業関係に明るい人に聞いてみた。
「遠州半立のことかい?」とあっさり答えが返ってきた。事前に、遠州半立という品種名を聞いていおいてよかった。
「特別中身が大きいわけじゃなけど、味が濃くて風味がいいんだよね。」
「今は、他の品種を栽培している農家が多いけど、遠州半立も作っているよ。あんまり流通しないけどね。ほら、遠州鉄火味噌に使うから。」

流れるようにスラスラと語られる地元の落花生文化。知らなかった世界である。眼の前に横たわる“地域の暮らしの知恵”の格差に体が固まりそうになる。世間では情報格差が騒がれていて、その対象は主に経済や政治にまつわることである。だが、こうした地元ならではの食文化についても、別の情報格差があることを思い知らされた。
「な〜に?あんた知らないの?うちの地域じゃ、おかみさん連中はみんな作るんよ。今度教えて上げる。まだまだ勉強不足ね。」
みんなからオカンと慕われるその方は、ケラケラと楽しそうにひ孫が生まれると笑いながら去っていった。

鉄火味噌

鉄火味噌といえば、愛知県が有名だ。炒り大豆やゴボウ、れんこん、人参、生姜などを細かく刻んで、赤味噌とみりん、唐辛子、ごま油などと練り合わせたもの。いつ頃から食べられているのか知らないが、伝統的な保存食だ。

その亜種が遠州にもあるのだそうだ。

このあたりの話を聞くと、やっぱり三河と遠州は近いんだと感じる。みりんやごま油の生産が盛んで、なにより赤味噌文化圏であることは、やはり東海の食文化である。

遠州鉄火味噌は、落花生を加える。もしくは、大豆の代わりに落花生を使うのだ。これはもう、まごうことなき落花生文化である。茹で落花生だけでなく、それを使った料理が他にもあったのだ。

各地の食文化

知らなかったのは、ぼくの知識不足。よく「埋もれた文化を掘り起こす」なんて言う人がいるけど、埋もれた文化なんてものは存在しない。その地域のコミュニティの中では普通の生活の一部なんだから、埋もれようがないのだ。ただ、外野が勝手に埋もれたと言っているだけである。

じゃあ、私達はどうやって知れば良いのか。インターネットで検索すれば、多少はそれっぽい情報が出てくることもあるけれど、信憑性にはかける。書籍として出版されているものならば、きちんと研究された情報に触れる事もできるが、正確さを求めるがゆえに全てを網羅できるわけでもない。結局、小さな手がかりをもとに「聞く」を積み重ねるしか無いのだ。

今回は、ちょっと知り合いに聞いただけでいくつもの情報にたどり着くことが出来た。だけど、一体いつ頃から遠州地方で落花生栽培が盛んになったのかはわからないままだ。

おそらく、大豆などの豆類の栽培に向かなかった平野部で発達したのじゃないかと思っているのだけど、そのあたりのこともよくわからない。千葉県の落花生栽培が始まったのが明治初期のこと。当時の県令による勧農政策だったというから、比較的自然環境が近かった遠州地方でも同じようなことが行われたのかもしれない。

そんな憶測をしているのだが、いざ憶測をもとに調査をしようと思ったら大仕事。たべものラジオではいつものことなんだけど、手間のかかることである。

今日も読んでいただきありがとうございます。

どこか一箇所だけが目立つと、他のことに目が向かなくなっちゃうんだよね。あっちこっちに面白いものが生きているのに、気が付かない。見ようとしていないってことなんだよね。そうは言っても、誰もがアンテナを張っていなくちゃいけないわけにはいかない。だからこそ、紹介する人が必要になるんだ。
そう考えると、グルメ雑誌が丁寧に取材していた頃に比べると、最近はコタツ記事みたいなのが多いよ。グルメサイトも生産者や飲食店にコンテンツを提出させるというのも増えたな。どう思う?

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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