今日のエッセイ-たろう

【セッション紹介】ガストロノミーシンポジウム掛川2026

「ガストロノミーシンポジウム掛川2026」。これ、毎回書いていて思うんだけど⋯長いよね。字面的に。とりあえず記事の中では略称で表記することにする。何が良いかな。
8つのトークセッションで構成されている。ということで、それぞれのセッションについて紹介したい。

トークセッションとはなにか?

まず最初に整理しておくと、「”特定のテーマについて自由に対話や議論を行う”ことをイベント化したもの」というのが一般的だと思う。当たり前かもしれないけれど、定義として理解しておくことは大切なのだ。というのも、対話や議論がほとんどなされないまま時間切れになってしまうケースがあるからだ。私にも苦い思い出がいくらでもある。

例えば「これまでの実績」を紹介し合うだけで大半の時間を費やしてしまうことがある。自己紹介でやりがちなのだけど、それは”ショートプレゼンテーションの羅列”である。企画者が「これは良い内容だから多くの人に紹介したい」という思いがあれば別だけれど、本当に聞きたいのは「そのバックグラウンドを持った人が対話したらどんな化学反応が起きるか」なのだ。

「意見の出しっぱなし」が気になるのだ。あらかじめ用意してきた意見をそれぞれが紹介し合うのも、やっっぱり”意見の羅列”になってしまう。そう”実績紹介”が問題なのではなく、対話になっていなことが”羅列”という構造を作り出してしまう。

ということで、ガストロノミーシンポジウム掛川では運営チームで「トークセッションの方針」を意識合わせした。
・なるべく自己紹介の時間を削って、テーマトークを進めよう。
・紹介したいことは、ウェブや当日の配布資料でカバーしよう。
・登壇者同士が会話にカットインすることを歓迎しよう。
聞いたことがある人にしか伝わらないんだけど、ポッドキャスト「たべものインテグラル」のイメージ。音楽で言えば、ジャムセッション。呼応し合うことを大切にしたいと思っている。

セッション1(Opening)
【ローカルガストロノミーが熱い。一言でくくれない”日本の食”の底力】

村井三左衛門(糀屋三左衛門)/小倉ヒラク(発酵デザイナー)/武藤太郎

冒頭からカオスになりそうな予感がする。自分で言うのもなんだけど、そういう組み合わせだ。
実は、この3人に共通するのは「食文化の解像度が高い」こと。これは、詳しいという意味ではなくて文字通り”解像度”の話。例えば「日本の食文化って、米が中心だよね」という言説があるが、それだと大雑把すぎるという感覚があるのだ。もっと細かく見ていくと、地域ごとにいろんな食文化がある。その”わかりやすい象徴”として、農林水産省がまとめている「うちの郷土料理」がある。それでもまだ解像度が荒くて、もっといろんなバリエーションを見ている。たぶん、頭の中にグラデーションマップがあるんじゃないかな。

そして、そうしたイメージから生まれた考え方を何かしらの形に具現化しているのも共通点。

ヒラクさんは何冊も書籍を出しているし、下北沢の「発酵デパートメント」という店がそれを体現している。北陸や東海で行われた「発酵ツーリズム」もそうだ。そういえば、2025年に行われた「発酵ツーリズム東海」が、「KOJI THE KITCHEN Academy」とコラボするきっかけのひとつになった。私が「なんで”東海”に静岡が入っていないんだぁ」と言ったら「三河も入っていないんだよ〜」と村井さん。じゃあ、あぶれた者同士でやろうという話から企画が進んでいった。

村井さんも「教養としての発酵」という書籍を出しているし、「KOJI THE KITCHEN Academy」も今回で⋯何回目だろう、たぶん6回目になる。彼の場合は、文化そのものよりも文化を構成する物事のほうに意識が向いているような気がする。産業の源流とか仕組み、その構造が抱える課題。もちろん共通意識があるところなのだけれど、特に強いかもしれない。

興味関心の領域が共通している部分が多いけれど、それぞれに違う部分もかなりある。特に身体知は圧倒的に違うのが面白い。発酵デザイナーとして各地を訪れフィールドワークを行うヒラクさん。糀という農業をベースに発酵業界を現場から見ている村井さん。私は料理人で商流の末端だから、村井さんとは反対側にいるのだけど、調理と食べるという実践が身体知になっている。

このセッションでは、私達の頭の中にある「食のグラデーションマップ」をお伝えできればと思っている。そこから生まれた課題意識と、それがどのように今回の企画に繋がっているのかをお話する予定だ。

セッション2
【自然と人の営みがクロスする”地域の食文化”とは?〜歩く・運ぶ・味わう・楽しむ〜】

佐藤洋一郎(農学博士)/武藤太郎

昨年、佐藤先生から「このシンポジウムは絶対続けたほうが良い」と言われたのがとても励みになったのを覚えている。
セッション1で、”日本の食”に対する解像度を上げてもらったところで、より具体的な話に進んでいきたい。ローカルの食文化を紐解くといっても、それはそう簡単なことではないからだ。あちこちを歩き回って、「あっちには◯◯があって、こっちには△△がある」ということがわかったとしても、それらがどの様に繋がっているのかを”読み解く”には、それ相応の知見が必要なのだ。

郷土料理や生産物などには、地域ごとに傾向があることはわかっている。その要因はなにかという話だ。例えば土壌は、その性質に適した作物が選ばれる。水に関しても水質も影響するし、どれだけ潤沢に水を確保できるかということも農業生産に大きな影響を与える。もちろん、気温や天気などの気象条件も重要なポイント。これらは自然環境なのだけれど、地域間交流からも影響を受ける。

地域間交流が影響を与えるのは、例えばその時代の権力者が米を税の対象にするといったこともある。自然環境が稲作に向いていなかったとしても、現物で納税しなければならない以上は田んぼを作るしかない。何も工夫をせずに作ろうとすれば、その地域は”貧乏”ということになる。だから、灌漑技術を考え出したり、代替品での納税を認めてもらったりして、なんとかしようと工夫が生まれる。そこに、旅人が訪れるようになれば、彼らを対象としたビジネスが生まれ、その収益が町を発展させることもある。宿場町の特産品は、そうした理由で生み出されたものもある。他にも旅人が技術や知恵を教えてくれることもあるし、他の地域で流行しているものを教えてくれることもある。交流するのは人だけでなくモノも行き交う。交易が盛んに慣れば、それらを土台とした加工業や生産が行われるようになる。

これらを観察して、”地域の食文化”を紐解こうというのだ。今回は「静岡の食」を中心に取り上げるが、その中でも掛川周辺のことを掘り下げたり、三河との関係性についても考えてみたい。そして、いちばん大切なのは、この”考え方・手法を知ること”なのだと思う。世界各地の”地域の食文化”を読み解くことが出来るようになるかもしれない。

別記事(https://note.com/mutotaro/n/n182c59efbf16)でも書いた通り、食の土台を知ることは未来の食を考えるために大切なことだ。その手法と思考方法を知ることは、あらゆる地域で役に立つはずだと思っている。基本的には私が先生のお話を聞きながら質問していく形になると思う。とはいえ、私は私なりに勉強をして臨むので、なかなかマニアックな展開になるだろう。

セッション3
【空前の抹茶ブーム。伸るか反るか?どうする茶産業のこれから】

長田夏海(おさだ製茶)/石川幹浩(石川製茶)/武藤太郎

わたしの店で仕入れているお茶を作っている製茶企業からお二人に登壇していただく。取引先でもあるが、個人的な友人でもある。近隣にたくさんのお茶屋さんがある中で、この2人に登壇をお願いしたのには理由がある。

まず第一に友人であること。今回に限っては大事な要素だ。たぶん、産業構造に深く踏み込んだ話が必要になるテーマなのだ。お互いに遠慮なく言い合える関係だからこそ語れることがあると思っている。

タイトルにある”空前の抹茶ブーム”というのは、ニューヨークを中心としたアメリカにおける抹茶ブームのことだ。抹茶人気は数年前から高まり続けている。日本産の抹茶だけでは供給量が足りず、他のアジア諸国も抹茶の生産に乗り出している。特に中国では大規模な抹茶産業が台頭していて、ついに作州の抹茶輸出量は日本全体のそれを上回った。茶葉の品質は日本よりも低いと言われているが、加工技術は同等である。なぜなら、日本の製茶機械を導入しているからだ。
この状況に日本の茶産業はどう対峙していくのか。抹茶需要は伸び続けているし、為替は相変わらず円安だ。日本が生産量を増やせばどんどん売れていくはず。だからといって耕作面積を増やせない日本では、煎茶の生産から抹茶に切り替える農家もで始めている。また、今まで通りの茶葉も粉末煎茶に加工するケースも見られる。結果として、製茶企業が購入する荒茶の価格は高くなったし、煎茶の供給量は減少した。

さて、このままブームに乗って抹茶生産にシフトしていくのか?というのがテーマだ。明治初期や戦後すぐの頃にもアメリカに向けて大量の日本茶が輸出された時代があった。茶産業は大きく成長したが、アメリカのトレンドが移り変わった途端に窮地に立たされた、という歴史を持っている。この窮地を脱するべく、先人たちが知恵を絞り工夫を重ねた結果、国内の販路が整備されたし深蒸し茶が成立した。私は、これが繰り返される可能性が高いと見ている。
今も昔も、ブームは消費地主導だった。これを逆転して、こちらから提案していく事はできないのだろうか。日本国内で人気のあるお茶は、日本人の好みに合ったお茶である。輸出を視野に入れるなら、それぞれの地域の好みに合わせる必要があるだろう。そのために、一体何が出来るだろうか。そして、日本の茶産業は現状をどのように変えていくのだろうか。

石川製茶は、かつて深蒸し茶の生産からマーケットの構築にも深く関わってきたし、おさだ製茶は欧州への出荷を見据えた商品開発を進めてきた。彼らとともに、これからの茶産業の未来について語り合いたい。

セッション4
【伝統を引き継ぐとはどういうことなのか。経営と食文化の間で揺れる事業の持続可能性】

深谷允(栄醤油)/榛葉冴子(富士の酒)/村井三左衛門(糀屋三左衛門)

私達が購入する食品は、野菜や魚などの原材料ばかりではない。豆腐やチーズなどの加工食品もあれば、醤油や味噌などの調味料、酒類などの嗜好品もある。私達の食卓は、多くの「人」に支えられているのだ。

”持続可能性”という言葉が一般社会でも使われるようになって、自然環境への関心は高まっている。しかし、加工食品産業の持続可能性について多く語られていはいない。今、私達が手軽に味噌や醤油を使えているのは食品加工業の努力のおかげだが、年々事業者は減り続けている。生き残りをかけて高付加価値化を目指すケースも多いが、もしすべての事業者が高付加価値化を目指せば味噌も醤油も身近なものではなくなってしまうかもしれない。その時、日本の食文化はどうなるのか。

今回は発酵食品を中心に伝統産業の持続可能性と、課題解決への取り組みを考える。
栄醤油では、伝統的な木桶を使って醤油醸造を行っている。木桶は時間をかけて状態を整え、数十年に渡って醤油を生み出し続けるのだが、その大きさと年数ゆえに動かすことができない。動かそうとすれば木桶が崩壊するからだ。木桶職人は減少し、新たに木桶を入手することが難しくなった今、建屋は老朽化によって限界を迎えている。風味豊かな味わい深い醤油は、どのようにして守られるのだろうか。

酒造業界も同様の課題を持っている。建屋の再建をしたとしても、今までと同じ水を確保できるか、同じように酵母が活躍してくれるだろうか。そうした不安を抱えながら資金調達を行う事業者は少なくない。加えて、米価の高騰や日本酒離れへの懸念もある。そうした中で、新たな日本酒のプロモーションを行いニーズを掘り起こそうとする富士の酒。

モデレーターは、こうした課題に関心を持つ村井三左衛門さん。種麹の専門店として長い間日本の発酵産業に携わってきたからこそ見える世界がある。日本の食文化を支えている彼らは、どんな未来を見ているのだろうか。

セッション6
【食品販売の現場から。バリューチェーンの課題と地方の可能性】

加藤百合子(やさいバス食堂)/岩下拓二(道の駅掛川)/武藤拓郎

昭和時代の八百屋は町の冗長性を担保していたといわれる。野菜の消費量は各家庭によって異なり、当然購入量も異なる。「◯個で◯◯円」というパッケージは、足りない家庭も余る家庭もある。こうしたアンバランスを販売店によって微調整出来たというのである。お互いの顔がわかる間柄だからこそできたのだろう。どの野菜がおすすめで、どんな食べ方が美味しいのか、などの情報も店主と客の会話のなかで伝えられた。

一方で、こうした販売モデルは効率が悪い。「あらかじめ用意されたパッケージを客が自己責任で選ぶ」という現代の一般的な食品販売店のスタイルは、効率化のおかげで食品を安定した価格で大量に流通させることに貢献してきた。また、食品販売店が大型化することによって、知らない人同士の売買になったが、そのおかげで煩わしい気遣いやコミュニケーションの負荷を減らすことになった。

食品を届けると仕組みに、絶対的な正解はないだろう。ただ、それぞれのモデルにはメリットもデメリットもある。例えば、ネットスーパーは便利だが、一覧性にかける。食材の吟味が出来ないだけでなく、他の食材に出会う機会はグッと少なくなる。相対販売は煩わしいコミュニケーションがつきまとうが、無人パッケージは情報の取得を消費者の努力によってカバーしなければならない。意識は「食材を美味しくするためのレシピ」から「レシピを再現するための食材」へと移り変わった。
私達消費者は、こうした違いをきちんと検証することもなく産業の変化に合わせて暮らしを変えてきた。

加藤さんは、「合理化の名のもとに希薄になった生産者と消費者の関係をつなぐ」ための仕組みとしてやさいバスを運行。昨年には新たな拠点としてやさいバス食堂をオープンした。本来の食の価値を消費者へ届けている。岩下さんは、県内でも人気の高い道の駅で食品販売に携わってきた。バイヤーとして、農産物のクオリティや値付けなどの情報を農家に提供する一方で、生産者の思いを消費者に伝える役割を担う。

遠方の食材も多く流通する中で、近所の食品が行き交うのが地方の特徴だ。都会と比べて、物理的に生産現場との距離が近いのである。食品そのものだけでなく、食品の価値を届けること。その先の未来と、そのために必要な視点を探求する。

セッション7
【食が人をつなぐ。ネットワーク/コミュニティは何をもたらすのか】

八木さゆり(だれでもみんな食堂)/松本聖子(発酵ツーリズム東海三重チーム)/長濱裕作

食卓を囲めば、自然とコミュニケーションは深まるもの。はるか古代から世界中で育まれてきた共食文化である。子ども食堂は、孤食・貧困対策としてスタートした運動だった。ところが、子ども食堂へ行く事自体が貧困の告白になり、本当に必要な子供にリーチすることが難しくなってしまった。そこで、いろんな人が足を運ぶようになれば来やすくなるだろうと解放した所、地域交流という新たな繋がりの拠点へと発展した。一方的に助けられるのではなく、助ける側にもなる。物価高騰による運営課題があるなか、現代が生み出した地域コミュニティの新しい形は明るい未来を作り出しているのだろう。八木さんは、そんな活動を行う一人だ。

食のコミュニティというと、「食べる」ことが中心になる。それは間違いない。だが、それ以外にも、食が人と人をつなぐケースがある。昨年開催された発酵ツーリズム東海の三重県チームは、特に仲が良かったと耳にしている。食文化を見せる・伝える・届けることが、結果として人と人との繋がりを作ったのだ。松本さんはその一人である。
また、私達が配信しているポッドキャスト「たべものラジオ」のリスナーコミュニティでも中心的な存在だ。このコミュニティはオンライン上のものなのだが、普通は運営が難しいとされている。主催者が努力し続けなければやがて衰退する、というのが一般的なのだ。しかし、たべものラジオコミュニティは、主催者不在のままどんどんコミュニケーションが深まっていく。私達がいないところでオフ会が開かれることも珍しくはなくなったのだ。

本来、食には人と人とをつなぐ力がある。一方で、産業は効率化の影響なのか隣接領域との交流が難しくなっている。ただの情報が届けられるだけでなく、コミュニティとして温度の伝わる繋がりは、食産業に新たな光を見せるのか。
掛川市内で交流拠点「ポートカケガワ」を運営する長濱さんをモデレーターとして、「食とコミュニティ」がもたらす可能性について語り合う。

今日も読んでいただきありがとうございます。

トークセッションに触れることで、きっと視野が広がるはず。「現場はそうなっているのか」「立場が違えばそう見えるのか」などの気付きもあるだろう。そして、「こういうことは出来ないかな?」という話に発展していってくれたら、とても嬉しい。

まだ、チケットを購入していない人はこちら(https://kacha-muto.com/shop/)からお願いします。

イベントではよくあることだけど、申し込みがギリギリになる人が多いんだよね。その気持はわかるんだけど、運営している側からするとホントに心臓に悪い。だから、忘れないうちに申し込みしてください。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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