今日のエッセイ-たろう

食についてずっと考えてきたこと。 2023年3月6日

ずっとずっと考えてきたことがある。たべものラジオを始めるよりも前のことだ。ぼくが食産業の端っこにちょこんと足を載せた頃から考え続けてきたことである。

以前、このエッセイの中でも書いたことがあるのだけれど、父が作った料亭を引き継ぐときには食について色々と勉強したし、考えまくった。

外食産業とはなにか。何のために存在しているのか。社会的にどのような役割を担っているのか。どのような価値を提供できるのか。人が食事をするということはどういうことか。家庭でも食事をするし、もっと安価な飲食店でも食事をするのに、わざわざ高価格帯の店に足を運ぶのはどういった行為なのだろうか。楽しむとはなにか。遊びとはなにか。そもそも、食とは一体何なのだ。

毎日ずっと頭を悩ませ続けてきたわけじゃない。たまにノートに書き出してみたり、本を読んだりして少しずつ思考を進めてきたぐらいのものである。それでもある程度の時間が経てば、ぼんやりしていた思考も少しずつクリアになってくるものだ。ぼくらの考える「飲食店としての姿」を形成していった。

飲食店としての価値は、「食事という行為のパッケージそのものを、最も楽しめる形に誂えること」である。だから、料理はその為のパーツの一部であり、最重要項目。接客も室内空間も音楽も景色も料理を提供するタイミングすら、その全てがエンターテイメントとして存在するのだ。料理と並列に存在するパーツたち、という解釈である。

というのが、当店の基本的な思想。これが一つのぼくにとっての解釈である。

これとは別に、食とはなにかについてずっと考えてきた。飲食店は、人類にとっての「食」の一部でしか無いのだ。もっと大所から眺めれば、他にもやるべきことはたくさんあるだろう。というのが、思考を進めてきたモチベーションである。

で、ある時期から「思想」や「思考」ではない、「感情」が生まれてきたのだ。ぼく自身にとっても不思議な感覚だった。それは、「食に関連する社会課題を解決したい」という、何にも依拠しない欲求だったのだ。

ぼくが個人的にやりたいことは、2つある。ひとつは「食の課題解決」。もうひとつは「観光立市」。この2つのために、これからの人生を傾注してしまって良い。他のことは他の人に任せれば良いくらいに思っている。実際には、食の課題は多岐にわたっていて、あらゆる分野との連携が不可欠。だから、結局関係し続けるのだが。

食の課題解決といっても、具体的に何をしてよいのかわからない。

目の前にはフードロスや、食料生産、物流、食料分配の不均衡などが見えている。環境変化によって、食文化を支えてきた食材が手に入らなくなるという現象も日々の仕事の中で感じている。食文化は変容するのが常ではあるけれど、とは言え無為に消えてなくなる文化に寂しさと危機感を覚えてもいる。食べる人の食事に関する作法や所作が、年々かすれていくのも見ている。料理というものを下手に高尚なものに置き換えた弊害なのか、それとも失敗が許されないと思っているのか、家庭での料理を面倒なものに変えてしまった人達もいる。

これ以外にも、世界中に広がっていて、早々に手を付けなければいけないことはたくさんあるはずである。にも関わらず、一体何をどうすればよいのかわからない。だから、とりあえず身近にあった茶産業について取り組んだのだ。掛川市を茶産地としても茶の消費文化の発信地としてもブランド化するために構想した、緑茶で乾杯プロジェクトがそれである。これは、後に発展して茶産業にフェアトレードの概念を持ち込むことに繋がっていく。

少し動いてみて感じたことは、圧倒的な情報量の不足と、ものごとの解釈の手段の未熟さである。ぼく自身が多くの勉強を必要とする身であることを痛感した。それと同時に、産業にかかわる人たちも大差がないということも感じてしまった。消費者のほとんどは、広告や一部のメディアで情報を接種する程度でしかない。

確かに、産業にかかわる人たちは勉強しているし、新たな研究もしている。ぼくなぞが口を挟むことが出来ない領域だ。しかし、それは「今」の「手元」でしかないというのも事実。業界全体を見て仕事をするのであれば、もっと広く業界を超えて社会を知る必要があるし、時間を超えて過去に遡る必要がある。未来を予測することなど出来はしないのだけれど、少なくとも現在地を知ることは出来る。現在地を知れば、ある程度の方向が見える。というのも、次の時間に起きる出来事は、必ずそれまでの文脈の延長上に存在するからだ。文脈から大きくハズレたところに進んだケースはほとんどない。

だから、まずはぼく自身が学ぶことを選択したのである。実際に学んでみると、これが想像以上に面白かった。しかも、実業に応用することの出来る知見を得ることにもなったのである。社内で学んだことを話していたところ、面白そうだということになって「たべものラジオ」に繋がったのである。

たべものラジオは、「食の課題解決」や「食文化」や「食のビジネス」などのジャンルで躍動する人にとって、必ず役に立つ知見だと思っている。そうでなくても、興味本位で聞いてくれた人たちが、少しでも食の未来について関心を持ってくれるようになれば、それだけでも価値があると思っている。歴史に学べば、こうしたメディアによる発信が人々に影響を与えてきたことは明確だ。料理屋としてのコンセプトに「食のエンタメ性」を掲げている通り、たべものラジオもエンタメ性を失ってはいけないと思うのだけれど、同時に真剣に「食の社会課題の解決」の一助になりたいとも思っている。

ここ3年ほど、いくつかの事業計画を凍結してしまった。飲食店経営も、社会課題の解決に向けた取り組みもである。母体の経営が不安定になると、さすがに資金調達がシビアになったし、店の運営だけでも相当の労力を投資することになったからだ。

本当は、たべものラジオのサポーター募集の際に、これからの夢に対して共感して投資してくれる人にむけて、このメッセージを届けようと考えた。けれども、まだ何もない。自分にも自信がなく、どこかに逃げ道を用意したい気持ちがあっただろう。言わずに、サポーターをお願いしたのである。

今日も読んでくれてありがとうございます。食にかかわる社会課題を解決したいという、根拠のない欲求だけを土台にして、再び事業を動かし始める。当面は「食×○○」というキーワードを軸にしたコミュニティの形成からだ。長らく停滞させてしまっていたが、応援してくれる方、一緒に行動してくれる方、よろしくお願いします。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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