今日のエッセイ-たろう

「料亭の味」というコピーが苦手。2022年10月28日

ご家庭で料亭の味。というキャッチコピーが苦手だ。なんなら、無くなってしまえば良いとすら思っている。たぶん、出汁がきいている、ということを言いたいのだろう。けれども、そうじゃない意味で伝わっているような気がしてならないのだ。

前にもどこかで話したかもしれない。「料亭の味」というフレーズに、どれほどの効果があるんだろう。やっぱりそれなりにブランド力があるんだろうな。グルメ番組を見ても、試食したレポーターが言っているもん。まるで料亭みたい。それってホントに褒め言葉なんだろうか。ぼくには、とても違和感がある。

料亭の味。このフレーズがもたらすイメージは、「料亭の味が正解である」という誤解を招きかねないんだよね。実際にそう思っている人もいるんじゃないかな。明確に「違う」と思っている。ぼくの解釈では、「料亭には料亭のやり方があるし、家庭には家庭のやり方がある。」なのだ。どちらが正解という話ではないのだろうと思う。もっと言ってしまえば、商業ベースで開発したやり方であるかどうかの違いだ。

例えば味噌汁。料亭の味噌汁は、極端な言い方をすれば「味噌味のお吸い物」に近い。昆布と鰹の合わせ出汁で味噌汁の汁を作る。その時、具材は鍋の中にはないことが多い。豆腐もわかめも油揚げも、別に用意している。具材だけを先にお椀の中に入れておいて、そこに味噌汁の汁を注ぎ込む。そういうやり方をしているお店がとても多いんだよね。これは、「常に安定した味を提供する」ための工夫だ。

料理を商品としている飲食店にとっては、ある程度味を安定させておく必要がある。毎日コロコロと味が変わってしまったら困るのだ。そのために、具材は別にして汁だけの味を整える。もちろん、具材と一緒にしたときの味を加味した上で味付けされた汁。本来の味噌汁とは訳が違う。文字通り「わけ」が違うのね。言い換えると、文脈が違うんだ。

本来の味噌汁の出汁は、具材から滲み出るもの。鍋に水を入れたら、いろんな具材を入れて火にかける。野菜でもキノコでもなんでも良い。美味しそうだと思ったら、全部入れたら良いの。具材の種類によって煮出す時間が違うから、長く煮込むものと出来上がりの直前に入れるものという違いがあるくらい。アクが強い食材だったら鍋に入れる前に霜降りをするなりして、アク抜きをすれば良い。ただそれだけのことなんだ。全ての味噌汁が合わせ出汁でなければいけないということは無い。断じて無い。アサリやシジミの味噌汁って、そういうもんでしょう。事前に出汁を取る必要なんて無いんだよね。

先日、訪れた山の中の道の駅で蕎麦を食べたんだ。美味しかったよ。少しばかり麺は湯で時間が長かったし、テンプラの衣もちょっと重いかな、とは思った。だけど、そんなことはご愛嬌。かつおの風味は殆どなくて、柔らかな昆布の味わいと、キノコや野菜の出汁がメインのツユ。市販のめんつゆのような、甘くてしょっぱい味じゃなくてさ。野菜の甘味と醤油の柔らかな塩味。珍しくツユを飲み干しちゃった。薄めるでもなく、残すでもなく。そのままの味でちゃんと美味しくいただけたんだ。

そのお蕎麦を調理しているのは、地元のおばちゃんたち。特別な技術はないかもしれないけれど、いつも通りの「おいしいね」を丁寧に作っている。で、ちゃんと美味しいの。料亭や蕎麦の専門店には真似できないよ。こういう素朴な味は、これで正解なんだと思うのね。「おいしい」ための工夫は、なにもひとつじゃないんだってことだろう。

一方で、山梨で出会った「ほうとう」は食べ切れなかった。なんだろうな。食産業としての方向にだけ変化したのかもしれない。いくつかの出汁の種類が用意されていて選べるようになっていたんだけど、どれもこれも残念な感じがした。元々、ほうとうは田舎の料理。それこそ、山や畑で取れた食材をコトコトと味噌で煮込んで美味しくなる。食材が持っている旨味をしっかりに出す。ほうとう自体は、食べる少し前に入れるくらいでも十分だったりするんだよ。もちろん、好み次第だけどさ。お米がないときに、煮込んだ味噌汁に主食である小麦を入れたもの。そんなイメージ。

この文脈で進化したらどうなるか。ほうとう鍋の専門店、つまり食産業ベースに乗せて進化させるならばどんな方向性へ向かえばよいかと考える。ぼくだったらそうするんだけどな。たまたま訪れた店がそうだっただけなんだろうけれど、そこは「合わせ出汁」のほうとうだったんだ。野菜などの具材は、あとから入れたもの。出汁に野菜の甘味が出ていないんだよね。塩味の強い味噌だから、ここに野菜の甘さが加わればバランスが良いのに。コクが欲しいのなら、油揚げとか鶏肉とかで良いじゃん。とか思っちゃったわけ。もったいないよなあ。

今日も読んでくれてありがとうございます。それぞれの料理にはそれぞれの文脈があると思うんだ。ここで言う料理はレシピ名の話じゃなくて、それぞれの土地や家庭などに紐づく料理の話ね。だから、日本国内に数え切れないほどの文脈が存在している。で、その文脈を正確に理解していれば、変化の方向性も自ずと決まる気がするんだ。というか、商売にしようとしなければ自然とそうなる。だから、やみくもに「料亭の味」を「正解」のように語るのは「無し」ってことにしてもらえないかな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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