どういう文脈?豪快な盛付と受け皿。 2024年7月12日

ラーメンは日本の国民食だ。そう言っても過言ではないだろ。日本全国どこへいっても、ラーメン屋はある。コンビニはないがスナックはある。というのと同じくらいにラーメン屋がある、と思えるほどに普及しているかもしれない。御存知の通り、中華大陸から伝えられたラーメンが、完全に和食になる日も遠くない。個人的には和食と考えて良いと思っているけれど、まだ和風ラーメンと表現されるうちは、外来のものだという意識があるのだろう。

たべものラジオでラーメンを取り上げるのは、まだ少し先のことになる予定。だから、ここでラーメンの歴史や文化を語ることはない。先日来、ちょっとおもしろいと感じている現象があって、それについて考えてみたいのだ。

いつ頃からだったか忘れてしまったが、ラーメンどんぶりが平皿の上に乗せられるようになった。もちろん、全てではなくてそういう店が登場して、違和感を覚えないほどに一般化した。単純にぼくが知らないだけかもしれないけれど、このスタイルは以前はなかったんじゃないかと思う。少なくとも、一般的ではなかった気がする。

日本のドンブリの登場の歴史を考えると、本末転倒である。片手で持って食べられることが利点のひとつだと考えられていたらしいから、それが出来なくなってしまっている。とてもじゃないが、受け皿を持ってラーメンの汁を飲む気になどなれない。当然レンゲがなければ成り立たない。

勝手な思い込みだろうけれど、けっこう油の強いラーメンを提供する店に多いような気がする。背脂が多いとでも表現するのだろうか。ふと思い出すのは、ぼくがまだ20代前半だった頃に立ち寄っていたラーメン屋のことである。普段はあまり行かないのだけれど、背脂たっぷりのこってりとしたラーメンはスノースポーツの帰りにはちょうどよかったのだ。カウンターからは厨房が見渡せるのだけれど、ぼくにはちょっとした衝撃だったのを覚えている。調理台に置かれたドンブリにスープが注がれるとき、スープはドンブリの中だけでなく、惜しむことなく調理台にも降り注ぐ。ザバザバと豪快に注がれたそれは、ドンブリの側面にも飛び散っている。調理台はその都度お湯で流されて、スープのかけらは調理場の床へと散っていく。そして、カウンター越しに提供されたドンブリは、ぼくが食べるところよりも一段高いところに乗っていて、それを両手で受け取らなければならないのだ。そして、ぼくの手は食事前にして油まみれになるのだった。

料理人であるかどうかなど関係なく、ぼくにはとても目新しく、そして衝撃的な光景だった。まさかお客様の手を汚したいというのが目的なわけはないだろう。でも、現にドンブリを持ち上げるためには、よほど慎重に扱わなければ手に油がつく。一体なにを表現したいのだろう。

ドンブリは、大平椀の変形と言われる。お椀なのだから、口元へと近づけることを前提にしている。そうすることで、テーブルがなかった江戸の蕎麦屋でも提供することが出来たし、後に立ち食いのカウンターのようなところでも、こぼさずに食べることが出来るようになった。口と器の距離を片手でコントロールすることが出来るから、麺をすすったときに汁が飛び散らなくて済むという利点があった。

ところが、ドンブリは置いたままになった。置いたままだから、姿勢を正せばドンブリとの距離は遠くなる。これは麺をレンゲに乗せて食べるのが正解ということなのだろうか。いや、蕎麦好きでラーメン好きのぼくにしてみれば、麺は直接すすりたい。となると、背中をかがめる以外にやりようがない。実際、周囲のお客さんは背を屈めていて、姿勢が良いとは言えない。マナーがどうだということを論じるつもりはないのだ。そうせざるを得ないという環境設定。

なにか、目的があって誰かがやり始めたのか。たとえば、威勢の良さを感じてもらいたいとか、豪快さが売りだとか。だとしたら、受け皿を使うのも本末転倒だ。そこまでするなら、器の側面が汚れないようにすればいいだけなのだから。誰か、経緯を知っている人がいたら教えてもらいたいくらいだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。誤解されると困るのだけれど、この文化を批判したり否定する気持ちは微塵もない。そういう店にもよく行くしね。ただ、面白い現象だなと思っているってはなし。ただ、ちょっと低くて食べづらいから、食卓が昇降式だったら良いなぁなんて思ったりもするけどね。

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