今日のエッセイ-たろう

マニュアル操作の楽しさと食。 2023年7月22日

ぼくの車はマニュアル車だ。あまり乗る機械も少ないのだが、どうにも田舎というのは車がないと不便で仕方がない。買い物をするにしても徒歩圏内にあるのはコンビニエンスストアくらいのもの。それも10分程度のところである。食品を買うとしたら、車が必要になる。

日本ではマニュアル車は全体の1.4%しか走っていないらしい。アメリカやオーストラリア、アジアの一部ではオートマの方が多いらしいのだけれど、ヨーロッパではマニュアル車の方が多いのだそうだ。殆どの国はオートマ車が中心なのに、どういうわけかヨーロッパだけは事情が違う。

マニュアル車に乗る理由はたったひとつ。自分で操っている感覚が強い。ほとんどの人は、サーキットで車を走らせるような攻めた走りをしているわけじゃないだろうと思う。ぼくだって、そんなことはしない。他の車に混ざって、普通に運転しているだけだ。はっきり言って、面倒くさい。

この面倒臭さが良いのだ。これは乗っている人にしかわからないかもしれないな。クラッチを踏んでエンジンを掛ける。少しずつアクセルを踏みながら、左足を緩めていく。いい感じに発進して、次のギアに入れ替えていく。ギクシャクしないように、丁寧に繋いでいく。一連の作業を「自分の手で行う」という「感覚」が良いと思っている。

世界はどんどん進歩していて、多くの事柄は人間がわざわざやらなくても良くなってきている。お風呂はボタン一つで勝手に適温適量にしてくれるし、電子ジャーは勝手に炊きあがって保温してくれる。ほんの100年前だったら、つきっきりで人間がコントロールしなくちゃいけなかったのにね。今からやれと言われても、面倒だし、どうして良いかもよくわからないくらいだ。

料理だって、もう温めるだけで良いというのが多くなってきている。調理家電はどんどん進歩していて、そのうち人間がやる作業はほとんどなくなってしまうのかもしれない。細かいことを記にしなければ、会席料理っぽいものすら、専門店から買ってきて盛り合わせるだけで良い。そのくらいにラインナップが充実しているのだ。飾り切りも手の込んだ仕込みも、自分でやらなくても良い。

だけど、わざわざやる。買ってきたものでは納得できないというのが理由の大半だけれど、「自分の手を動かして作る」という「感覚」が良いのかもしれない。わざわざ面倒なことをやることに、なにかしらの意味や楽しさを感じるのが人間の中にある感覚なのかもしれない。

フードテック革命という本では「食の価値のロングテールモデル」を提唱している。これまでの食産業のターゲットは「時短」「節約」「安全」「健康的」が中心だった。これらのニーズは今もこれからも変わらずボリュームゾーンである。しかし、少数派のニーズとしては「調理を楽しむ」「丁寧に食べる」「コミュニケーション」「文化継承」「発見する喜び」などという別の角度のニーズが有る。後者をロングテールニーズと表現している。

どちらのニーズも混在していて、今までは後者に目を向けられる機会が少なかったということだろう。便利さとは逆の性質を持ったニーズもあるのが興味深いところだ。

プラモデルは組み立ててしまえばフィギュアになる。だったら、フィギュアを購入すれば良いかというと、そういうわけじゃない。パーツを切り離して接着剤を使って組み上げて、バリにはヤスリを掛けて、ちょっと凝った塗装をしてみたり。本格的に一から作らなくても、プラモデルのような「楽しみ」のための「パッケージ」は人気がある。そして、これからもなくならないと思うんだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。食産業の中にも既にプラモデル的なものは存在しているよね。食材の宅配サービスもそうだし、お菓子の「ねるねるねるね」もそのうちの一つかもしれない。プラモデル的なところから、本格的な創作までの間をつなぐものってなんだろうな。プラモデル的な商品を現代的にバージョンアップしたらどうなるんだろうな。そんなことを考えてしまうよ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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