今日のエッセイ-たろう

人類は食べづらいモノを主食に選んだのか? 2023年1月24日

最近になって、はたと気がついたことがある。実は、穀類は食べにくいものなのではないだろうか、ということだ。現代の米や麦、トウモロコシなどを想像すると、そんなことはないだろうと言いたくなる。けれども、元々人類が農業を始めた頃の穀類はどうだったのだろうか。

しっかりとした検証をしたわけではないけれど、そう考えるにはそれなりの理由がある。それは、薬味だ。副菜と言い換えても良い。

少しのおかずで、たくさんのご飯を食べる。そんな経験をしたことはないだろうか。自身ではなくても身近にそんな人はいないだろうか。こうした人達がレアケースになりつつあるのは、現代だからである。近代以前の日本の食卓では、少ない副菜でたくさんのご飯を食べるのが常識だった。わかりやすくするためにご飯と表現しているけれど、それは決して米だけを指しているわけではなかっただろう。ヒエやアワ、麦、そばなども含まれたし、ジャガイモやサツマイモがそれに変わった時期もある。

イギリスの人類学者オードリー・リチャーズ(1899-1984)は、アフリカの中南部にあるザンビアでフィールドワークをした。そこで、彼女はベンバ族の研究を行っていた時の話である。

ベンバ族の主食はヒエ、アワ、キビなどの雑穀だ。この雑穀を粉にして水と混ぜる。はじめに記録を読んだときには「濃いおかゆ」と書いてあったのだけれど、おそらくおかゆと呼ぶにはふさわしくない。雑穀の量2に対して水が3。水の分量が多すぎたご飯といったところだろうか。これを、手でちぎって丸めて食べるというもので「ウブワリ」というのだそうだ。ちなみに、ベンバ族は食事のことをウブワリと言う。日本人が食事のことをご飯と言うのと同じである。これもまた興味深い現象だ。

ベンバ族がウブワリを食べる時は、それ単体であることはない。必ず「ウムナニ」がセットになる。日本語で言うところの「おかず」である。「ウムナニだけでは食事をした気がしない。かといって、ウブワリだけでは物足りない。」というのが彼らの感覚だ。日本人の感覚に読み替えてみよう。「おかずだけでは食事をした気がしない。かと言って、ご飯だけでは物足りない。」

でんぷん質を主食において、それを食べやすくするための役割としての副菜がある。この構図は、日本の食事に限ったものではないのだ。もちろん、ベンバ族だけが似ているという話でもない。一部の例外を除いて、ほぼすべての人類が同じ構造の食事を中心にしてきているのだ。

ほぼすべての食文化には、でんぷん質の主食が存在する。これは揺るぎない事実のようだ。面白いのは、これらの文化圏では、主食とは別の何かを一緒に食べることが原則になっている。それが、スープ状のものであることもあるし、炒めものや煮物であることもあるし、またはバターやジャムのようなものもある。

これは一体どういった現象だろう。栄養バランスの最適化のためのコンビネーションである。ということも言える。ご飯と味噌汁が互いに栄養補完関係にあることは、たべものラジオの最初のシリーズで紹介したとおりだ。

しかし、果たしてそれだけだろうか。ご飯だけ、パンだけ、ジャガイモだけ、チューニョだけ、トルティーヤだけといった食事は、少々物足りないと感じるのではないか。いや、物足りないどころではない。食が進まないということにはならないだろうか。ぼく自身、ご飯は大好きだし、そばも好きだ。しかし、ご飯だけでは食べづらい気がする。ツユのないそばは、ちょっと遠慮させていただきたいくらいだ。せめて、塩のひとつまみでも添えて欲しい。

現代の美味しい米ですらこれである。強飯や糅飯だったという奈良時代。雑穀だけを食べるということが、どういう感覚だったのだろう。さすがに飢饉でも無い限り、庶民であっても主食だけの食事ということはなかったようだ。つまり、人類にとって「主食とは、それ単体では食べづらいもの」であり続けているのかもしれない。だからこそ、主食を食べ進めるために薬味としてのおかずが必要だったのではないだろうか。ということも言える。

これには反論もあるだろう。おかずの存在があるからあえて味付けをしていないのだ、とも言える。実際に雑炊やチャーハン、味付きパンのように主食そのものを取り込んだ料理も少なくない。そうすれば、主食を食べやすくすることは出来るからだ。これに関しては、鶏がさきか卵がさきか、である。古代の食事事情をつぶさに観察した研究があればはっきりしているのだろう。今のところ見つけられていないが。

もし、人類は「食べづらいでんぷん質を主食に選んだ」のだとしたら、それはなぜだろう。もっと美味しくて、食べやすくい食材だってあるのではないだろうか。もしかしたら、育種栽培に向いていたからだろうか。それとも、栄養バランスが良かったからだろうか。大量生産に向いてたからだろうか。保存性が鍵なのだろうか。または、その全部か。

この課題を理解するには、まだしばらくは時間がかかりそうだ。面白い。

今日も読んでくれてありがとうございます。ともあれ、でんぷん質すなわち糖質をエネルギーの中心においているというのも興味深い。昨今、糖質制限がダイエットどころか健康に良いという言説がブームになっている。中には、主食をやめれば健康になるといった書籍が医師によって出版されてもいる。ホントかなあ。だって、人類は最初から熟した木の実を求めていたし、古代日本では栗やどんぐりを中心とした食生活をしていたじゃない。狩猟採集生活であっても、だ。それが健康を害していたのかしら。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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