今日のエッセイ-たろう

基礎・基本ってなんだろう。2023年2月16日

どんなものにも「基礎」「基本」というものが存在している。存在しているのだけれど、それはもしかしたら現代だからかもしれない。元々、基礎などという概念なんかはなかったはずだ。それが、いつの時代のことだったかは、それぞれのカテゴリによって違う。コンピューター技術の基礎というものが中世にあったはずもない。それは、いつの頃からか生まれたものだ。

ピアノがこの世に誕生したのは1700年ころ。イタリアのクリストフォリという人が、ピアノの原型となるメカニズムを発明した。それまでのチェンバロという楽器が音の強弱の変化に乏かったのが嫌だったらしい。もっと強弱のダイナミクスがあれば、音楽の表現の幅が広がるはずだ。そう考えて、爪で弦を弾くという仕組みから、ハンマーで弦を叩くという仕組みに変えた。それが「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」という楽器。弱音も強音も出せるチェンバロという意味。どういうわけか、名前が省略されるときに「弱音」を示す「ピアノ」だけが残ったという。

さて、ピアノを練習したことがある人なら誰もが通った教本がある。今はもうあまり使われなくなったらしいのだけれど、少し前の時代ならば「バイエル」という基礎教本が必修だった。ぼくも、何度か挑戦したことがるのだけれど、これがまたつまらないのだ。こんなことを言ったら怒られるかもしれないのだけれど、とにかくつまらない。少し前の世代の日本のピアニストたちは、必ずバイエルを習っていて、それが基礎になっている。指の使い方の基本が、この中に詰まっている。とても大切な技術だと言うことなのだけれど、ぼくにはどうにも退屈でならなかった。中学生だったぼくは、あっという間に挫折した。もとより、ピアノを弾きたくて仕方ないという欲求などなかった。ピアノを弾けるようになったらかっこいいし、楽しそうだな。と言った程度の気持ち。

他の楽器、特にドラムには熱中した。音階のある楽器は、とにかく難しいイメージがあったし、親しい友人がやっていたのである。まだ、誰も手を付けていなかったドラムなら、なんとかなりそうだという安直な気持ちで始めたのだ。それもやはり中学生の頃。

吹奏楽部に入っていたわけでもなく、音楽教室に通っていたわけでもなく、ただただ興味の赴くままにドラムを演奏してみようと思った。だから、夏休みの間に一生懸命バイトしてためたお金で、安いドラムセットを購入した。何も出来ないけれど、とりあえず楽器がなくちゃ始まらない。ということで、基礎なんてものがあるのかどうかもわからず、時折テレビの音楽番組に映るドラムの演奏を想像しながら、ただただスティックで太鼓を叩くだけ。なんとなく、エイトビートのようなものが叩けて、それだけでとにかく楽しかった。もう、上手いとか下手とかではない。同時期にエレキギターを始めた友人は、CDで聞いたことがあるような「ギュイーン」という音が鳴るだけでも嬉しかったという。それと同じだ。並の演奏すらも出来ていないのだけれど、なんとなく音楽っぽい形になるだけで面白い。下手くそが数人集まってバンドの真似事をしているだけでも面白いかった。

こうして、適当な演奏をやるようになると、途中ではたと気がつく時が来る。もっと上手に演奏したい。簡単な曲であっても、上手な人が演奏するとこんなにも違うのか。ということに衝撃を受ける。それからだ。まともに「基礎」というものに目が向くようになったのは。たしかに、楽器店で売られている教本なども購入していたし、少しは練習用のプログラムをやっていた。けれども、ある時から基礎練習に対する向き合い方、特に真剣さが変わったのだ。

一度、楽しさを知っている。それをもっとうまくやればもっと楽しいだろうことも想像がつく。その状態になって、初めて基礎に対する真剣な眼差しが生まれるのだろう。

ここまで音楽の話をしてきたのだけれど、これは音楽に限った話じゃないだろう。スポーツでもそうだろうし、学問でもそうだろう。ぼくにとって身近なところだと料理も同じことが言えるのかもしれない。

日本料理の基本は、包丁仕事や出汁だと言われる。確かにその通り。大根の桂剥きは出来た方が良いし、まな板に向かうフォームも意外と大事だ。昆布を入れたまま鍋を煮立てると、昆布臭さやぬめりが出てしまう。というのも基本の基。

確かにその通りなんだけど、料理にはじめて挑戦する人がそんなところから始めなくても良いのだろう。思うままに、直感でもって食材を加工してみる。なんとなく想像してみる。妄想でも良い。やってみて、食べてみてから「あちゃー、やっちゃったなぁ」でも「意外とイケるじゃん」でも、自分なりの感想を抱けば良い。そして、料理をしている時間が楽しければそれで良いだろう。基礎というものに、目を向けるのはその後でもかまわないのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。基礎や基本というのは、先人たちがいろんな方法を試してみて、そのなかから「最も良かったもの」だけを抽出したものだ。要の部分だけをまとめてくれているものだと言える。やりたいことがあって、それを実現するためにはこうした基本があると良いよと示してくれている「親切の塊」だと思う。それが、親切だと気がつくためのプロセスは、面倒だけれど楽しみながらやってみるのも良いんじゃないかな。通過儀礼かもしれないけれど、基礎に対する解像度が上がると思うんだよね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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