今日のエッセイ-たろう

既存のフレームとパーソナライゼーション。 2024年10月7日

先日、中学生の職業体験の受け入れをした。受け入れをするようになって、かれこれ10年近くになる。最初に受け入れた中学生は、いま調理師学校で料理の勉強をしているし、別の人は大学で調理栄養学を学んでいる。先週来ていた中学生がまだ幼稚園に通っている頃に来たのだと思うと、時の流れを感じる。

たった3日間の体験で、まともに仕事をこなせるようになるわけでもないのだが、それでもいくらかの実務に携わってもらう。店内外を掃除したり、ごま豆腐を作るために胡麻をすりおろしてもらったり。あとは、体験として自分たちでまかない料理を作ってもらう。せっかくだからと、特別に魚を仕入れて、三枚おろしを体験して、味噌汁を作って、で自分たちで食べるということもしている。

見回りでやってきた先生の話を聞くと、他の職場に比べて「ちゃんと体験」できる環境なのだそうだ。企業によっては見学するしか無い場合もあって、銀行業務などは手を出してもらえる作業がほとんどないのだというが、それはそれで仕方がないのだろう。

大きなすり鉢にたっぷりの煎り胡麻をいれて、長い当り棒で胡麻をすり潰していく。なかなかの重労働である。はじめはプチプチと胡麻が弾ける音を聞きながら、ちょっとずつ粉状になっていく。丹念にすり潰していくと、そのうちに水分の少ないペーストに変わっていくのだが、そこで行程の半分。更に丹念にすり潰していくと、ドロリとした滑らかさのあるペーストになっていく。一般的には、胡麻の皮を除去してから行う作業だし、すり潰したごまペーストは裏ごしして滑らかにするのだけれど、皮の香りと栄養を残すためにあえて裏ごしはしない。だからこそ、より丁寧に根気強くすり潰していくのだ。

自分でやれば1時間もかからない程度の工程だが、中学生にはなかなか難しいらしく、2時間近くを要した。走ったり投げたりという動きならば、彼らのほうが圧倒的に高いパフォーマンスを発揮するはずだが、仕事の体力は別物である。

慣れや知見、体力の違いもあるけれど、環境によるものも大きい。うちの厨房は基本的に父と僕に合わせて構築されている。最も調理場にいる時間が長く、メインプレイヤーである我々の体格や体力、動きやすさを中心において設計したのだ。もちろん、他の人がきても普通に使えるのだが、細かなところはカスタマイズした。洋服で言えばセミオーダーみたいなものだろうか。

調理台の高さは、ちょっと高くした。それでも、一般家庭で見かける現代のキッチンとそう大きくは変わらないのだ。元々飲食店の厨房機器というのは長い間規格が変わっていなくて、平均身長が今よりもずっと低い時代の設計で、それが今でもほとんど変わらない。一般家庭のほうが身体の変化に順応しているのだろう。

ここで大切なのは、ぼくらの社会は「主流」と捉えられている人たちに合わせて作られているということ。一般社会ならばマジョリティに合わせて作られているし、特定の空間ならばその場にいる時間が最も長い人に合わせて作られる。そこからハズレた人は、どうしてもいくらかの不便を感じざるを得ないのが現実なのだ。

生産効率とか経済合理性を考えれば、当然だけどマジョリティに合わせることになる。しょうがないといえばしょうがない。なるべく多くの人に受け入れられたほうが売れるのだから、洋服なんかは最も無難なデザインが最大販売数を記録することになるのかもしれない。

パーソナライゼーションは、これとは真逆の発想。うちの厨房はある程度パーソナライズされているから、中学生の体型や体力では使いこなせないということになってしまう。とは言え、ぼくの体格に完全に合わせているわけでもなくて、調理台はもう少し高くしたいと思っている。ピッタリのほうが身体の負荷が少ないし、細かな作業をするときの効率も良いのだがけれど、他の人とも合わせなくちゃいけない。じゃないと、それぞれの場所で作業台の高さが違うことになるし、入れ替わったときに不便が生じるから。

パーソナライゼーションを突き詰めていくと、他の人達にフィットしない場が作られることになるということなのだろうか。まぁ、味付けなどの好みの偏重も似たようなところがある。結局「個」と「和合」は相容れないということになってしまうのだけど、それでもなんとかバランスが取れた社会であればよいと思う。

和装は比較的ファジーで、身長に合わせて丈を合わせる必要はあるけれど、細くても太くても合わせられてしまう。というように、一部に調整機能というか自由があると良いのかもしれない。食事で言えば、味付けは卓上調味料で変化させられるというようなスタイル。味噌汁なのに、味噌が入っていないとかありえるのだろうか。いや、あっても良いのだろうな。ただ、ちょっとめんどくさい。そうか。和装の着付けに技術が必要だったり、少々手間がかかるのは自由を担保するためには必要なことなのだろうな。

今日も読んでいただきありがとうございます。結局、完全に自分とフィットさせるにはそれなりに労力を要するということなんだろうな。それが嫌なら、既存のフレームに自分を合わせるしか無い。その間にある自由に調整できる空間をうまく見つけて、自在に操れるようになるっていうのが、案外ウェルビーイングにつながるのかもしれない。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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