今日のエッセイ-たろう

食品衛生。現場のリアルと不具合。 2024年11月6日

3年前、食品業界に本格的にHACCPが導入された。以前から言われていたけれど、食品衛生の基準として正式に施行されたのだ。

で、HACCPに沿った衛生管理。ってなに?

Hazard Analysis and Critical Control Point。とまぁ、横文字で言われてもよくわからんのである。「危害要因分析重要管理点」というのが日本語訳なのだけれど、これもまたよくわからん。

食品を加工するときには、いろんな「危ない」がある。悪さをする菌が混入したり発生したり、体に悪い薬剤が入ったり、金属片が混ざったりすることがある。で、どの工程でどんな「危ない」が発生しやすいかを可視化するのだ。きっちり工程表を作って、それぞれの工程におけるリスクを検討して対策を講じる。それを定期的にチェックする。そうすることで、万が一問題が起きたときには、すぐに問題の原因を特定できて修正することが出来る。というのが、大まかな目的だ。

すでに3年間も運用しているはずなのに、これがまともに機能しているようには思えない。もちろん、きっちりやっているところもあるのだけど、ほとんど実行されていない飲食店も多いのが現状。

理由は簡単。

無理があるんだ。

ちょっと語弊があるな。管理コストが高すぎるというのが正確だろうか。基本的にHACCPの考え方は、工場の運用をモデルにしている。だから、食品加工場にはピッタリとハマるわけだ。ところが、小規模飲食店では運用が難しい。

HACCPに沿った衛生管理計画書を作らなくちゃいけないのだけれど、その際「料理ごとの工程表」を作成する必要がある。鮮魚の処理、獣肉の処理、刺し身、蒸し物、煮物、揚げ物、炒め物、鍋物、冷却調理、乾燥など様々な調理分類があるわけだけれど、食材や料理が異なれば「煮物」という大きな区分で工程表を作成するわけには行かない。それに、前日までに調理を終えて置かなければならないものもあれば、もう少し前から熟成させなければならない料理もある。また、大量調理になると注意点が変化するために別表が必要になる。かなり端折って書いても煩雑さがわかるだろう。

ご存知だと思うけれど、小規模飲食店では「とれた食材を調理する」スタイルも多い。今日は良いアジがあがったからアジを使おう。となると、そのたびに献立は変わる。思いつきで料理を生み出すのも料理の楽しさの一部で、カウンターで繰り広げられる工程を見るのも楽しい。が、これらもすべて工程表に現しておくのだ。もう二度と作らないかもしれないけれど。

厳密にルールを守ろうとすると、「こんなの無茶だ」と思いしらされる。だから、ちゃんとそのあたりは緩やかに準拠するように指導しているわけだ。しかし、工程表と定期チェックは欠かせない。これが出来ないようなメニュー数や量は「キャパオーバー」という扱いになる。キャパオーバーはやめましょうね。となるのだ。

キャパオーバーを生み出しているのは、工業的な思想で組み立てられた仕組みだ。これは現場の声である。ぼくもそう思う。計画書を作成するときに当局へ問い合わせをしたら、すべての料理の工程を洗い出してくださいと言われて唖然とした事がある。未来のことは不確定でも、過去1年分のメニューは書き出せますよね。と。固定化されたメニュー、季節替わりのメニューというのならば可能かもしれないけれど、年間100種類以上の料理を作るわけだし、中にはその場で偶発的に生み出されるレシピもある。

とまぁ、愚痴を言い続けても仕方のないことだ。なにも、食品衛生管理をやめようと言っているわけではない。絶対に必要だ。明治時代の長与専斎を皮切りにどれだけの苦労があって、現代の食の安全性が構築されたかを思えば、蔑ろにする気になどなれない。ただ、仕組みに問題があると感じるだけだ。正直なところ、一人で切り盛りする場末の居酒屋に細かな管理シートなど不要かもしれない。HACCPの概念と食品衛生に関する知識をしっかりわかっていて、ちゃんと対応していれば問題など無い。

問題なのは、飲食店のほうも「無理だよなぁ」と思っていて、当局も現場では「そりゃそうだよなぁ」という空気感。だから、講習会では居眠りをする人もいるし、講師も型どおりのセリフを述べるだけ。

システムへの反感が、学びを拒否する姿勢に繋がっている。全てではないにしろ、そういう反応があるのは事実だ。ここに大きな不具合がある。

コストが掛かりすぎるかもしれないが、個別に指導が行き届いていて管理ができれば、なにもルールでがんじがらめにする必要などない。それでも不具合が出るところだけ法整備していく。というのは、近代茶産業の勃興期に取られた方針だった。

さて、これを現代にアップデートするとどうなるだろう。ほんと、どうなるんだろうな。ここにテックを導入することは出来ないものかね。冷蔵庫の温度チェックなんて、自動化したらいい。何台もあるんだから、それだけで時間が費やされるし。加熱や冷却も、うまく機械化できないもんだろうか。というか、保存技術が大幅に更新されたら、今のシステムってほとんど意味がなくなっちゃうんだけどなぁ。

とか、思うわけですよ。

今日も読んでいただきありがとうございます。こういう保守領域のテクノロジーって、なかなか進展しないんだよね。満点が0点みたいなところがあって、なかなか社会的なインセンティブが働かない。平たく言えば儲からないんだよね。衛生保守のためのフードテック。ホントは、経済的インセンティブが働かない分野こそ、公的機関の出番なんだけどね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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