今日のエッセイ-たろう

江戸の歴史260年をヒントに現代を考えてみる(前編)。 2023年6月4日

最近、改めて江戸時代についていろいろと勉強をしている。気候変動と飢饉、それに対応する幕府や諸藩、経済の変動など。思いつくままに調べていくというのは、気ままで楽しいものだ。多くは書籍からの情報を追いかけていくわけだけれど、様々に枝分かれしていく思考を追いかけていく様子は、まるでネットサーフィンをしてブラウザーのタブが増え続けるようだ。歴史サーフィンとでも表そうか。

あくまでも素人が学びながら思いついたことではあるのだけど、自分なりに得た気づきをいつものように言語化してみようと思う。

江戸時代というのは、1603年に徳川家康が征夷大将軍に任命されたところから始まって、1867年に大政奉還があって、翌年から明治元年に切り替わるところで終わる。細かいことはさておき、だいたいそんな感じだ。およそ264年に及ぶ期間なのだけれど、ざっくりと3分割することが出来るように思える。教科書に記されているように前期中期後期という表現はあるのだけれど、それはあくまでも時間の分割の話。ぼくが感じたのは、社会構造そのものが3つの特色があるのではないかということ。

最初の100年、それから次の100年、最後の60年といった具合。もちろん、明確に時間だけで区切られるわけではなくて、それぞれの社会変化はグラデーションだ。なんとなく、このくらいの長さで社会の仕組みが変化しているような感覚がある。

まず最初の100年くらいは、武士が前面に出て活動する時代である。武士というのは、戦国時代をイメージするとわかりやすいのだが軍人である。軍人が政府を樹立して政治の実権を担うことになったのだから、江戸幕府は軍事政権である。現代人の感覚から見ると、結構強引なところもある。ただ、武士が実際に現場の最前線まで赴いて戦闘や政策を実行する時代でもあった。

戦国時代が終わると、富を獲得する方法が大きく変わった。それまでは「奪う」だったのだが、「作り出す」へ切り替わった。富を増加させるためには、田畑の面積を増やしたり単位面積あたりの生産効率を向上させたりすることが肝要だ。だからこそ、新田開発や大規模な灌漑設備の建設などが必要になる。〇〇堤という名称が各地に残っているように、大名が自領や幕府領の工事を請け負った。その時、直接クワを振るったのは農民だけでなく身分の低い武士もいたし、大名はそれに準ずる高官も現場で指揮を取った。

つまり、武士も自ら「社会的価値を生産」したのだ。寛永の飢饉は、江戸時代全体としてみれば比較的小規模な災害ではあるかもしれないけれど、江戸時代になって初めて体験する異常気象による飢饉は、それぞれの人達が苦しみながら全員で対処した。江戸が業火に包まれた明暦の大火も、人民救済から復興までの陣頭指揮を採ったのは保科正之であり、武士団と庶民とが働いた。

この時代を別の側面から見てみよう。武士が整備した農業生産力を向上させる設備を土台にして、農業力が進歩する。たっぷりの栄養を運ぶ水が水田に引かれ、農民が作り出した新技術の肥料が投入された。山の斜面の木々を伐採して、そこを牧草地にする。その牧草を餌にした牛馬のフンや枯れ草を使って堆肥を生産したのである。これによって、単位面積あたりの収穫量が劇的に増加した。

こうしたことが起こる一方で、異端児たちの淘汰が起こる。武家政権による統治体制では、イノベーターのように新しいことを率先してやる人や、自由を求めるリベラルな発想の人は問題視される。平たく言えば、統治者から見るとめんどくさいのだ。実際、毎年10万人あたり3人の割合で処刑されたという。

また、農業革新のなかでは特定のタイプの人が生き残りやすいということになった。勤勉で賢くて文字が読めて、ちゃんと言うことを聞く人。農業のことをしっかりと勉強して、それを活用してコツコツと実行できる。それが農業を発展させていくのに必要な能力だから、というのはわかりやすい。田んぼという資産は分割すると生産力が低下してしまうことは明確である。たわけ者の語源は田を分けるという意味だと言われる。だから、農家を引き継ぐのは「勤勉で賢くて文字が読める一人」である。知識も知恵も資産も、その殆どは親から譲り受けるものだから、親に従うことが重要になるわけだ。

こうした遺伝子の伝達のようなことは、商家でも同様に起きていく。細かな知識の内容は違うけれど「勤勉で賢くて文字が読めてちゃんと言うことを聞く人」という価値観は、士農工商の全域に浸透していった。外れ値は社会的に淘汰される運命にあったのだから、こうした特徴を性質をもった日本人が増加していくのは自然のことだという。現在のぼくたちが認識しているステレオタイプの日本人像は、まさにこの時に始まった。

最初の100年の終わり頃から、次の100年の始めころがグラデーションとなっているようだ。生類憐れみの令が出されてから享保の改革が行われるまでの、およそ50年ほどが該当するだろうか。この頃から、武士の生産性が落ちてくる。「力のある組織に所属している」ことが所得を得る根拠となっているのであって、「社会的価値の生産」が所得の根拠ではない。毎日のように登城して仕事をしているのではあるけれど、基本的に「仕事を依頼する」ことに集約されるように見える。

組織の外に仕事を取り出してみるとわかるのだけれど、実際の業務が社会的価値の生産をになっているのであれば、個人事業主になったとしても一定の所得を得ることが出来る。そうでない仕事は、社会的価値を生み出していないということになる。もちろん、これは極論。組織そのものが価値を生み出している場合には、組織の足回りを保持する仕事が必要になる。だから、それも社会貢献をしていることになる。例えば、仕事を依頼する書類を年間100枚書いて誰かにお願いする仕事はどうだろう。その人の年収が2000万円だとして、一枚あたり20万円に相当する価値を産んでいるだろうか。

今日も読んでくれてありがとうございます。文章を書き終わってみたら、いつもの倍以上の長さになっててさ。流石に長過ぎるから、分割するね。リスナーさんにはおなじみの分割。ということで明日に続きます。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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