今日のエッセイ-たろう

異国からやってきた未知の味と向き合う。2024年8月4日

ジャガイモの世界史シリーズの中で、序盤に登場したのがインカ帝国。そこで主食として栽培されるようになっていたのがジャガイモだった。ジャガイモは、凍らせて脱水して乾燥させるとカチコチになる。まるで軽石のようだ。この存在が文明を支えてきたのである。米や麦のように保存できる食材がなければ文明は発達し得ないと考えられていたのだが、穀物以外でも文明の礎になりうると示した。それがチューニョ。

ひょんなことからチューニョを調理して食べてみる機会を得た。水に浸して数時間かけて戻すというのは、干し椎茸や乾燥キクラゲを使うのと同じ手順。乾燥わかめのように何倍にも膨らむというのではなく、カサはそのままでスポンジのように柔らかくなる。試しにそのまま口にしてみると、スポンジのような食感であった。

はっきり言って、美味しいとは言えない。独特の食感に、独特の風味。これは土の匂いだろうか、それともデンプンの匂いだろうか。なんとも言えない風味が、旨いとも不味いとも言えないギリギリのラインにあるように感じた。が、まだ調理前。どんなふうに変化するのか楽しみである。

手近に八方だしがあったので、そこにチューニョをちぎって放り込んでみた。鱧の出汁、味醂、薄口醤油(比率11:0.8:1)という鍋用の汁。で、少し煮てから口に入れてみる。表情がかたまり、口をぎゅっと閉じて、少し眉間にシワを寄せながら空中に視線を泳がせて思案しているような顔。その場にはぼく以外にも数人がいたのだが、みんな似たような表情になった。これはなかなか手ごわい。あくまでも日本人の日本料理的な視点から見ると、だが、クセが強い。

残念ながらおかわりをしてもらえなかったチューニョ入りのスープは、しばらく冷蔵庫の中へと安置されることとなった。どうしたものかと思案していたのだけれど、無駄にするのも嫌だし、なにか良い方法があるに違いないと思い直して改めて食べてみる。それは最初の印象と同じものだった。

数千年にわたって人類を支え続けてきたのだ。食べにくいものであるはずがない。という信念を持って、改めて食材と向き合う。チューニョは独特の甘みを持っていて、それが出汁と味醂の甘さと融合してバランスが悪いのではないか。それから、独特の風味が魚介の風味とミスマッチをしていそうである。もう少し脂質があったほうが全体に深みが出て味わいが増すようにも感じる。ということで、少しずつ味を修正していく。

まずは、水を足す。出汁が濃いし、チューニョの味がスープに強く出ている。もう少し水分量を多くすれば、スープの風味もまろやかになるし、チューニョ本体からも風味が溶け出してまろやかになる。これは当たりのようだ。匂いというのは、どんなに良い匂いも濃ければ臭いし、逆もまた真なり、である。香ばしい香りのごま油を足してみると、全体にまとまりが出来たようだが、これはもう少し後のステップでやれば良かった。黒こしょうを入れて匂いの変化を見るが、チューニョの風味はちょっとくらいの胡椒では太刀打ちできないくらいの力強さを持っているようだ。セロリがあれば面白い変化が見られたと思うのだけれど、あいにく手物にはなかったので他の方法が良さそうだ。ゴボウはどうだ。いや、土臭さが加速しそうだ。チリやコリアンダーが合いそうな気がするのだけれど、スパイスを自在に操れるほどの知識がない。ええい、最後の手段だ。という気持ちでガラム・マサラを投入。

これはこれは、はじめましてチューニョさん。この前ちょっとだけお会いしましたけれど、ちゃんとお話するのははじめてですね。ご機嫌いかがですか。

ガラム・マサラを投入してから、いくらか修正は加えたのだけれど、最終的にちゃんと美味しくなった。たぶん、ベースとなるスープには玉ねぎやセリ科の植物などを用いるのが良いのだろう。野菜と粗挽き肉を炒めておいて、それをスープにしていく。その仲間に細かくちぎったチューニョがいて、塩コショウを中心に味をまとめていく。もしかしたら、トマトなんかも美味しいんじゃないかな。と、なんとなく方向性が見えてきたような気がする。

今日も読んでいただきありがとうございます。チューニョって、不味いっていう評価が多いんだよね。うん、その気持はよくわかる。ただ、日本人からみるとすっごいじゃじゃ馬なだけで、ちゃんと迎えに行ってあげなくちゃいけない食材だと思うんだ。伸ばすところと抑えるところを探して、そこに向き合っていく。異文化っていうのは、そうやって向き合うものなのかもしれない。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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