今日のエッセイ-たろう

「定食」「コース料理」「単品料理」。食事スタイルによる世界観の違い。 2024年9月30日

和食と一言で表現しても、その中身は多種多様だ。一品で完結するものも有れば、複数の料理が揃っていることで確立する概念もある。それぞれの料理、いやスタイルと言い換えても良いかもしれないけど、それらを定義するとどういうことになるのだろう。

まず、一皿で完結するもの。例えば、丼物やそばやラーメンなどがこれに当たる。簡単に行ってしまえばフレームが決まった料理かもしれない。

例えばラーメンと、言われるとなんとなくイメージが浮かぶと思うのだけれど、たぶん今想像しているラーメンは他の人とは違うんじゃないかと思う。違うのだけれど、他の人が見てもやっぱりそれはちゃんとラーメンなのだ。ブルドッグもチワワもシェパードもみんな犬なんだけど、みんなそれぞれに違う。というくらいの、けっこう大きなフレームで捉えられているのかもしれない。カレーやハンバーグ、スシだって同じだろう。

だから、フレームで規定される料理は、その開発や発展に関して、食材や調理方法などの細かい点で行われることになる。

定食になると、一品では完結していない。いくつかの料理の組み合わせでひとつの世界観が表現されているといえる。それぞれの品が関係し合っているところがフレームフードとの違いだろうか。そうなると、チームワークが大切になる。それぞれが単品で美味しかったとしても、相性が悪かったらチームとして機能しないのだ。

例えばサバの味噌煮定食だったら、ご飯と味噌汁と漬物、それからあと1品か2品くらいがついてくるだろうか。ご飯じゃなくて食パンのに置き換えると、ちょっとアンバランスだと感じる人も多いだろう。個人的には嫌いじゃないのだけれど、違和感はあるかもしれない。パンは極端だとしても、炊き込みご飯や雑炊じゃなくて、白いご飯といっしょに食べたいという気持ちになるかもしれない。個人的な好みはあるのだけれど、食べる人にとっての「この組み合わせが好き」っていうのがあって、組み合わせによる世界観を楽しみたいというのが定食の特徴じゃないかと思っている。

で、メインのおかずであるサバの味噌煮はどうかというと、これもまたフレームフードだったりする。味噌の種類や、サバの産地、それから調理方法などなど、サバの味噌煮というフレームの中で開発が行われていくのだ。ただ、その時は他の料理との相性が存分に考慮されるはず。サバの味噌煮だけを食べてちょうど良いしょっぱさだと、ご飯と組み合わせたときに薄く感じるだろうから、それだと定食の中のメンバーとしてチームワークが悪い。単品との違いはここにある。

もう一つ。食事展開の自由度の高さだ。例えばコース料理ならば、何をどの順番で食べるのかを指定されているのだけど、いっぺんにいろんな料理が並ぶ定食では食べる人の自由だ。もしかしたらみかんの後にお茶を飲むと渋みを感じやすいというような相性があるかもしれないけれど、それも含めて自由。基本的に時間軸は食事をする人に委ねられている。コース料理を音楽だとすれば、さしずめ絵を鑑賞するのに近いだろうか。

自由度の高さで言えば、味付けにも幅がある。これは定食だからというわけではなく、価格帯のせいかもしれないが、卓上調味料があって、冷奴にどのくらい醤油を垂らすのか、はたまた塩コショウなのか、豆板醤なのか、そこにあれば自由に味付けすることが出来る。そういう環境であることが多いのも特徴的だと言える。さらに付け加えるなら、口中調理であろう。なにしろ、同時に複数の料理が存在しているので、刺身の味が口の中に残っている間に熱々の白いご飯を食べ、その複雑な味わいを楽しむ。その味が残っているうちに、香り豊かな味噌汁をすすり、飲み込んだところへ漬物が放り込まれる。そんな、料理と料理の組み合わせによる味の自由度が高いのも大きな特徴だ。

ある意味、非常に家庭的で、原初的。平安時代の料理は、ほとんど味付けされていなかったから手元に醤や塩や酒、酢が用意されていて自由に味付けして食べていた。それに、大饗などは実に多くの料理が大きなテーブルにずらりと並べられていたのだ。

ハンバーガーセットやワンプレートミールなど、世界中に似たような概念のコンビネーションがあるが、定食というのは「組み合わせ」と「個々の自由」を楽しむスタイルと言えるだろう。

さて、そうなるとコース料理はとても不自由だ。何をどの順番に食べるのかも指定されているし、ほとんど味付けも決められている。和食でも洋食でも、汁物に醤油や塩を足されたら嫌な顔をする料理人は多いだろう。完成されたはずのアートを勝手に改変されたように感じるからだ。もっと強いことを言ってしまえば、君の料理は美味しくないと言われているようなものだ。個人的にはあまりそういうことは感じないのだが、怒りや悲しみを覚える人は多い。それだけ、食べる人にとっての自由度が低いのである。

それでも、一部の日本料理は未完成で提供されているという。未完成と言うと誤解を招くのだけれど、完成品という概念がとても薄いのだ。これは茶の湯の美学に通じるもので、客が参加して解釈が加えられて完成するという思いがある。会席料理の献立を仕立てるときに、なんとなくメインテーマとか流れのようなものを構想しながら作っていくのだけれど、それでもぼくが想像した通りに受け取られるかはわからない。ぼくの意図したものではない物語やメッセージが伝わったとしても、それがまた良い。という感覚。このあたりは、定食にも言えることだから、スタイルと言うよりはお国柄として捉えたほうが良いかもしれない。

コース料理は、「時間」や「流れ」が強く意識される。料理を食べ終わってから次の料理が提供されるまでの間すらも、味わう対象なのだ。それが良い方向に現れることも有れば、逆にマイナス評価となることもある。そのくせ、フレームフードの要素も有り、定食のような組み合わせの要素もあるから、コース料理をつくる人にとっても自由度の低いスタイルだと言える。

ただ、成約が多い方が発想の幅は広がりやすく、関係性が多方面に複雑であるほどにバリエーションは多いのも事実。困難であるがゆえに、途方もない広い世界を渡っていかなければならないのだろう。

ざっとぼくなりに整理してみたが、あくまでもぼくなりの解釈。「武藤太郎によると」でしかないのだが、料理人である僕にとってはけっこう大切なのだ。会席料理の料理人がラーメンを作ると物足りない味になる、と言われることもあって、それは、料理開発のポイントが異なることに起因するのだ。そうした失敗をしないために、どんなスタイルの食事を用意するかを理解しておくことはとても有効に働くのである。

今日も読んでいただきありがとうございます。きちんと決まった定義が有るのか無いのか知らないんだけど、ぼくのとってはこんなイメージ。これで十分にそれぞれをデザインするときに役に立っているんだよね。案外知られていないらしいのだけれど、食事のスタイルやシチュエーションによって、料理のデザインは変わるんだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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