今日のエッセイ-たろう

時間を増やすテクノロジーと、時間を味わうヒト。

あっという間に、あちこちにAIが搭載されている世の中になった。この業界では、1年前の技術は古い技術になってしまう。一般的な生活の時間の流れと比べて、変化が早すぎるように感じられる。私達の「感覚」は、この変化の速さについていけるのだろうか。
とはいえ、社会実装されてしまえばそれを使うしかない。たいていの場合、人はそれに慣れていく。
逆にどんなに便利だろうと、私達の慣習がフィットしない限り広がっていかない。
そんなもんだろうとは思う。

フィジカルAI

フィジカルというのは「身体的」「物理的」という意味だ。これまでのAIは「言葉」をインプットして、「言葉」を生成するのが中心だったけど、言葉ではなく「物理的」なインプットから「物理的な」行動を生成するという。どういうことなのかを、私達人間の行動に置き換えて捉えてみる。

都会の人混みを歩く時、私達は半ば無意識のうちに周囲の状況を確認している。例えば、歩道を歩いているときのことを想像してみよう。そこには同じ方向へ向かう人もいればすれ違う人もいるが、私達はほんのちょっとした足の運びや視線などを察知しているのだ。そうした多くの情報から「この人はこっちに進みそうだな」とか「相手のほうが避けそうだから私はそのまま進もう」などと考えている。

これは結構複雑な判断だ。しかも私達は、ずっと「歩くこと」に意識を向けているわけではない。誰かと話をしたり、別のことを考えたりしているのだから、人間とはなんとも凄まじい演算を行っているものだ。「人混みは疲れる」というのは、こうした判断の繰り返しによる部分もありそうだと思っている。

今すぐに、というわけではないかもしれないが、フィジカルAIを搭載したロボットはこうした判断を可能にしていく。
工事現場では、ロボットが自ら足場の状況や周囲の危険を理解しながら活動するようになるし、飲食店では注文状況に応じて調理補助をしてくれるようになる。料理人は、次から次へと料理を作るだけ。刺し身を引いて皿に盛り付けたら、片付けは気にせず天ぷらに取り掛かる。既に揚げ物の材料も揃っていて揚げ油の温度も準備万端。そうこうしている間に、調理台もまな板も包丁もみんなきれいにしてくれる。というわけだ。

選択と集中

これは嬉しい。調理の現場というのは、想像以上に「準備」と「片付け」に時間を取られるものなのだ。個人的にはどの作業も「嫌だ」とまでは思っていないのだけれど、それでも時間がかかることは間違いない。これを削減することができれば、営業中の忙しい時間帯でも、かなりの作業を一人でこなすことが出来るようになるだろう。

仕込みでも同じ。飲食店は仕込みがとても重要だ。あらかじめ準備してあるからこそ、ささっと提供できるのだ。ごま豆腐の注文がはいってから胡麻をすりおろし始めるのでは時間がかかってしょうがない。もっと手間のかかる料理などいくらでもある。たまたま良い食材が手に入ったからと言って、おいそれとメニューを追加するわけにもいかない。それでも、「今日のおすすめ」などと言って固定メニュー以外の料理を提供するのだから、個人店は頑張っていると言える。

その日手に入る食材の状況によって、その日に一番美味しいと思える料理を仕立てる。お客様の気分にあわせて、料理を誂える。なんてことが出来ればベストなのだが、これが難しい。料理人としての高いスキルや知見が求められるのはもちろんだが、事前の準備に手間がかかりすぎて効率が悪いという課題もある。

ビジネスとしての効率を優先するならば、季節感など無視してしまうのが一番だし、客の好みに合わせないほうが良い。マクドナルド兄弟の画期的な発明は、食材や客に寄り添うことを諦めて、自分たちの商売の都合に「合わせさせる」ことに振り切ったところにある。ある意味では究極の殿様商売だが、効率化を求めて選択と集中を行ったらこれが最適解だったというわけだ。

結果として、メニューは最小限に絞り込まれたし、仕込み作業は徹底的にマニュアル化されて「誰でも出来る」レベルに分割された。そして、そのための機械と仕組みの開発が行われてきた。マクドナルドの成功をきっかけにアメリカで広まった「スケールアップに最適化された飲食ビジネス」は、様々な飲食チェーンを生み出したのだった。

時間を何に使うかを選び直す

外食産業が変わる可能性がある。いや、おそらく小売も変わるだろう。

外食ビジネスも食品小売も、スケールアップのためには効率化が必須だった。効率化を図ることは、すなわち「自然や消費者に寄り添うこと」を否定し、「消費者がシステムに合わせること」を求めたのである。フィジカルAIが現場のあらゆる場面に入り込んで、徹底的に人のサポートを行うようになったら、これが大きく変わるかもしれないと思う。つまり、「自然や消費者に寄り添う」スタイルを貫いたまま効率化することが出来るかもしれないのである。

飲食店は、その日取れた旬の食材を自由に料理出来るようになる。煩雑な雑務から解放されれば、その分だけお客様に寄り添う時間や心のゆとりが生まれるだろう。スーパーマーケットでは、パックに詰めて並べるという作業などしなくても、細かな作業を行ってくれるロボットをパートナーに相対販売ができるようになる。「牛スライス肉400gちょうだい」「お、今日はすき焼きですか?良いことあった?」などという会話のための時間を生み出すことが出来るかもしれない。

私達が考えなければいけないことは、楽ちんになったあとに何をするか、だ。どんどん効率化を進めたことで得られた「可処分時間」を、本当に「処分」してしまってはいないだろうか。ロボットのおかげで取り戻すことが出来た時間は、より「人間らしい活動」のためにあるのではないかと思うのだ。

歴史を学び直してみて、こう考えるようになった。
1.過去の選択は、その時代の社会を反映している。
2.その時代の選択のために、切り捨ててきた部分がある。
3.社会が変わったら、切り捨てたものも含めて選択し直す必要がある。

うっかりすると、切り捨てたものを切り捨てたまま次のステップに進んでしまうことがある。それは、もったいない。懐古主義的に過去を取りもどすのではなく、少し戻って選び直すのが良いのではないかと思っている。

今日も読んでいただきありがとうございます。

サン・テグジュペリの「星の王子さま」に「商人」が登場する。彼が売っているのは、喉の渇きを潤す錠剤だ。この薬があれば、1週間で53分の水を飲む時間を節約できるという。この53分を私達はどう使うだろうね。王子様は「53分かけて泉に向かってゆっくり歩く」って言ってたよ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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