食べ物と産業と歴史。これからの未来のために。 2023年5月24日

たべものラジオは、食のルーツを辿る旅のような番組だと思っている。その特性として、歴史という意味ではとても長い時間軸でひとつの事象を眺めることになる。ひとつの時代を切り出すのではなくて、紀元前から現代までの長い時間を、ひとつの視点からずっと追っていく。そういう見方だ。だから、ひとつのシリーズがとにかく長くなってしまう。一方で、何度も同じ時代を違う視点で見ることが出来るという特典もあるのじゃないかと思っている。

食材にしても料理にしても、割りとビジネスと絡み合うことも多いことがわかる。例外はあるけれど、加工食品業や外食産業、農業などと密接に結びついている。そして、そのものを発展させたり、破滅的な社会を生み出したり、文化を変革させたりしているようにも捉えられるような気がしている。

元々、食料を生産したり獲得したりすることの目的は生きるためだったはずだ。米や麦やトウモロコシやジャガイモなどを育てるのは、自分自身や仲間が生きるため。まさに食べるための「仕事」だった。酒類やお茶のような嗜好品ですら、そうした側面があったようにみえる。

それが、あるとき劇的に変化するタイミングがあることに気がついた。貨幣経済の登場である。

紀元前500年前後。厳密に言えば地域ごとの違いなどはあるのだけれど、ざっくり言えばこのくらいの時代に貨幣経済を中心とした社会が確立したらしい。この頃から、食を取り巻く環境が変化することが見えてくるのだ。いろんな「仕事」が「貨幣を獲得するため」のものに変化している。

春秋戦国時代の中国では、小さいながらも一部に外食産業が登場し始めたようだ。ペルシアやギリシアでも、食を生産する目的が自分や家族のためだけじゃなくなった。ソクラテスやアリストテレスが学問に打ち込むことが出来たのも、彼らの代わりに食糧生産を担っていたからである。

貨幣経済が本格化するのはもっと後のことだけれど、「仕事」という側面では大きな変化だ。つまり、「誰かのためになること」が「仕事」の本質的な目的になった。言い換えると、利他こそが仕事の本質であって、その対価としての貨幣が存在するというような感覚なのだろうと思う。

中世以降になると、再び「仕事」の捉え方が変化したようだ。「仕事」は「貨幣を獲得するため」ということになった。間にあった「利他」の割合が小さくなって、「対価」が相対的に大きくなったようだ。近世あたりになってくると、その傾向に拍車がかかる。利他が消失しかかって獲得が中心になった結果、三角貿易というような「搾取」モデルへと移行していく。

興味深いのは、それぞれのターンングポイントで反対勢力が現れるのだ。搾取のようなモデルは良くない。と唱える人たちが必ず現れる。思想や哲学、宗教といったものをバックボーンとした人たちが多いように見える。なかには、搾取される側からも声が上がる社会になっていく。だから、結果としてフランス革命のような歴史的事件にまで発展するのだろう。

現在の食を取り巻く世界は、前代未聞の危機的局面に向かっている。過去半世紀と同じことをそのまま継続すれば、世界は必ず食料不足に陥る。経済的格差どころか、食料格差が拡大することは間違いない。これは、地球資源に限りがあって、人口が増大し続ける限り必ず起きることなのだという。どうやら20世紀の後半あたりから、地球の食料生産にかかるエネルギー収支は赤字のようだ。

エネルギーだけの話をすると。たまたま、炭素が古代からの遺産としてたくさん埋まっていた。ゆっくりと地上で消費されたり、空気中に放出されている分には、再び地中に固着することでバランスよく循環していたのだ。地中のエネルギーを短期間に空気中に放出してしまったために、地中の炭素保有量が減ってしまった。といったことが土壌や水などの様々な資源で起きている。

貨幣経済を否定するつもりは全く無い。ただ、もう少し原初の目的を見つめ直してみたらどうだろうか。とは思う。仕事は利他が原則。貨幣はあくまでもその対価。キレイゴトのようだけれど、そこが出発点だとするならば、忘れてはいけないことなのだろうと思うのだ。

近代以降の食産業は、「獲得」が強い。もちろん、「利他」を強く願う気持ちから起業した人はたくさんいる。現場で働く人達だってそうだ。なのだけれど、四半期ごとに利益を上げなければいけないという宿命を背負った瞬間から、ときには「利他」を脇において「獲得」を優先しなくてはならない状況が発生するようになった。そんなふうに見える。きっと、そんな仕組みになってしまったのだろう。

だとしたら、何があれば、もしくは何がなければバランスを取ることができるようになるのだろうか。もう、誰かがなんとかしてくれると思っていられる状況ではなくなってきた。社会全体にインストールする必要があると強く感じている。

今日も読んでくれてありがとうございます。素人なりにも「たべものラジオ」みたいなメディアをやっているのは、こうした問題意識を拡散させたいという思いもあるんだよね。ちょっとめんどくさいかもしれないけれど、少しでも興味を持ってもらえるといいなと思ってさ。

記事をシェア
ご感想お待ちしております!

ほかの記事

水資源と環境保全について、いま思うこと。 2024年5月20日

課題があるからやめよう、というのは思考が短絡的だ。必要なこと、良いことをしようとするならば課題を解決する道を探ることが肝要だ。というのは、あちこちでよく聞く話。基本の基と言っても良いくらいだ。全く異論はないのだけれど、この考え方だけが常に正しいわけでもなさそうだ。...

田舎のまちづくり、あるある話 2024年4月21日

田舎に帰ってきて、そろそろ10年になる。びっくりするくらいに変わったような気もするし、特になにも変わっていないような気もする。僕自身の変化で言えば、ずいぶんとゆっくりになったかな。歩くのも遅くなったし、動きも遅くなった。チャレンジ自体はするのだけれど、結果を求めるスパンが長くなった。...

消費量に上限がある食産業で、持続可能性ってどういうことだろう。 2024年4月17日

フードファイターってすごい量を食べるよね。一度に何kgも食べるのだけど、それってちゃんとエネルギーとして使ってるのかしら。よくわからないけれど、苦しそうに食べ物を食べている姿って、つくり手としてはちょっと寂しいんだ。だから、あんまり好きじゃない。...

料理の盛り付けどうやっている? 2024年4月16日

身近なところではあまり聞かなくなってきたのだけれど、身だしなみってやっぱり大切。今頃の季節は、社会人一年目の人たちが先輩や上司から言われているのだろうか。なんだか、型にはめられているようで嫌だという人もいるけれど、身だしなみというのはそういう話じゃない。キレイだとか美しいだとか、そういう感覚のもの...

民主化して広がるものと、そうではないもの。 2024年4月13日

元禄文化の最初の頃に活躍した松尾芭蕉。日本の義務教育を受けた人なら必ず聞いたことがある名前だし、有名な句のひとつやふたつくらいは諳んじられるはず。「夏草や」、「古池や」、「五月雨を」などと最初の歌いだしだけでもそれが何かわかるほど。個人的に好きなのは「海暮れて、鴨の声、ほのかに白し」。...