今日のエッセイ-たろう

飲食店が魚屋から魚を買う理由。2022年10月25日

「えー、いわしっ!いわしっ!」

「おう、はっつぁん。今朝も精が出るねぇ。」

「旦那、いかがですか?今朝は良いのが入ってますぜ。」

「そうだねぇ。はっつぁんとこのイワシはいつも良いから助かるよ」

江戸の下町にはこんな光景が見られたのかもしれない。町のあちこちに登場した行商人と、行商人から食材を買い求める飲食店。後期になって、フードビジネスの流通が町に浸透した。だいたい18世紀の終わり頃には概ね揃っていたようだよ。

ところで、料理屋はなんで河岸で魚を買わないんだろうね。現代のようにセリの入札権限が決められていたわけじゃないだろうに。

疑問を投げかけておいてなんだけど、ぼくなりに想定している解があるんだ。ということで、なぜ飲食店は漁師じゃなくて魚屋から魚を購入するのかっていうはなし。

まず、ひとつには面倒くさいからってのがある。なにせ、漁港の市場は朝が早い。漁港じゃなくても、中央卸売市場みたいなところはかなり早い時間から仕事が始まる。朝の7時頃には、そろそろ店じまい。だから、6時前には到着していないと、買い物するにも難しいのだ。それに、市場っていうのは大抵の場合は町から遠いのよ。市場近郊で商売が成り立つっていうのは、日本国内でも限られたエリアでさ。豊洲とか。だいたいは遠いんだ。だから面倒くさい。

面倒くさいって言っちゃうと、なんとも言葉が悪いようだけど。朝から昼までの営業のお店じゃないと、体力的に持たないってこともあるよね。夜の営業だと、17時からオープンして終わるのはてっぺん近くなんてこともあるわけだ。人員が豊富で朝方の担当の人がついていれば良いけれど、個人店が多いこの業界では難しい。もうね。睡眠時間が足りないんだよね。知人の中には、ランチ営業をせずに寝ているという頑張り屋さんもいるんだけど、けっこう大変だと思うよ。昼寝をしたとしても、夕方のオープンまでには仕込みをしなくちゃならないんだから。

そんなわけで、朝方に集中しがちな買い物という業務を代行してくれているのはとてもありがたいことなんだ。

そして、もうひとつ。個人的にはこっちのほうが重要かな。目利きだ。料理人たるもの、それなりに魚の良し悪しくらいは見極めができるものだ。なんたって、毎日のように触るからね。何年もやっていれば自然と目が肥えてくる。そんなもんだ。だからといって、大量の魚の中から選び出すというのが難しいのだ。魚市場で魚を買うということは、3つのうちからひとつ良いのを選ぶというわけじゃない。とんでもない量の魚が出回っている。で、その中からうちの店に見合った魚を適正な価格で買い付けるというだけでもかなりの労力が割かれる。

魚だけじゃないけれど、食材には良し悪しだけじゃなくて向き不向きもあるんだよね。お店のスタイルや価格帯によって、求められる食材の傾向は違うんだ。そういうのを魚屋さんが把握しているってところが良い。「こんな料理にするから、鯛を買ってきて」って依頼を受けて、市場に行ったらちょうど良さそうな鯛が手に入らないとする。さあ、どうするか。代わりに使えそうな白身魚を買って来るんだよね。これは、届ける先の飲食店によっても違うし、状況によっても違うんだけどね。どうしても鯛じゃなければいけない場合は、ちょっと品質を落としても購入するかもしれない。だけど、店によっては「だったら他に良い白身魚ない?」って言う。これをちゃんと把握しているところがホントの「目利き」なんだと思うんだ。

そんな事を可能にするためには、魚のことだけじゃなくて、市場のことや漁場のこと、卸先の店のこと、料理のことも知っている必要がある。まぁ、市場と店のマッチングサービスみたいなもんだよね。こっちの小さめのやつはあっちの店。大きいやつは別のところだな。そんなふうに、適切に振り分けをすることも出来る。これは漁師ではなかなか難しい。

やろうと思ったら出来ないことはない。漁師と料理屋が歩み寄っていって、お互いに把握するっていうことも出来るんだよ。だけど、それをやっちゃうと本業にかける時間が削られてしまう。漁師が飲食店を回って営業するなんてことは、時間的にも厳しいだろう。仮に、それで直接契約が成り立ったとしても飲食店としては安定的に仕入れができないと困っちゃうわけだ。

つまり、流通に余白がなくなる。車のハンドルにある「あそび」みたいなもの。仲卸の魚屋がクッションのように双方を繋いでくれているんだね。

これによって、ぼくらは料理をつくることに集中できる。目利きと仕入れの部分をアウトソーシングすることで、リソースを集中させられる。これが本来の中間業者の在り方なんだろうと思っている。

さて、現在一部ではこれが崩壊しているらしい。魚屋の話じゃないんだけどね。まぁ、価格競争の影響なんだろうかね。目利きというかパイプ役というか、そういうのを放棄しちゃっているところもあるらしいんだ。ただただ、右から左。だったら、宅配便で直接届けてもらえば済むのよ。一方で、こうした現象を引き起こしたのは、生産者と購入者の直接販売が拡大したこともある。それはそれで良いことなんだけどね。直接販売が可能な生産者っていうのは、個人のスキルが高いか資金力があるか、なにかしらのパワーがあるから出来るんだろうなあ。そうじゃないところはきつい。ということでケースバイケースかな。

今日も読んでくれてありがとうございます。例えば、料亭が選んだ調味料っていうのどう?それだけでも惹かれる部分があるんじゃないかな。別に料亭で作っているわけじゃないんだよ。ただただ、目利き。どこそこの高級店で使用されている○○です。っていうセールスコピーは、目利きを切り売りしている状態ね。見せ方を間違えると、大変なことになっちゃうんだけど。あぁ、目利きや中間業者っていうのは、信頼を形にしている存在なのかもな。信頼で繋ぐビジネス。新しいビジネスっぽく聞こえるけど、普遍的な在り方なんだろうね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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