今日のエッセイ-たろう

「季節バカ」の幸福。ちっちゃな変化を喜ぶこころ。 2025年9月18日

少しばかり仕事が忙しくて、しばらく文章を書く時間を作れなかった。いや、時間が全く無かったかというと、そうでもないんだ。店の仕事を終えて、ノートPCを開いてみるくらいの時間はあった。ただ、どういうわけか筆が進まなかった。

それなりに書きたいこともあったはずなんだけどな。たぶん、ここでのアウトプットは負荷が高かったんだと思う。
何かしら課題やテーマを設定しては、「これは一体どういうことなんだろう」と考えを巡らせる。なんてことを書いてきたわけだけど、これって、一般的に「エッセイ」というには重すぎる。しんどかったのは“書く”ことじゃなくて、“アレコレと考える”ことの方だったらしい。考えるのも結構体力を使うんだろうな。

そんなこんなでモノカキを休んでいるうちに、9月も中旬を過ぎた。まだ、暑い暑いと言っている。ジリジリと照りつける太陽を早朝から浴びていると、このまま夏が終わらないのではないかと疑いたくもなる。だけど、日暮れ時になればそれが錯覚だということを、小さなモノが教えてくれる。

ちっちゃな秋

いつのまにか、チリチリと秋の音色を奏でる虫たちの声が聞こえてくる。田舎暮らしでは、その声も騒がしく感じられるけど、夏のそれと比べれば穏やかに感じられる。
それは、ぼくらが”秋の音”だと知っているからなのか。それとも、音色そのものが穏やかに感じられるタイプなのか。そんなことに考えを巡らせようとしている自分に気がついて、「また始まった」とため息をつく。これはもうクセなのだな。

なんとなく、「秋の予感」みたいなものを探そうとしている自分がいる。“もう9月なんだから”とか、“もう少しで秋祭りなのに”という気持ちが、秋を探させているのか。“もう夏の暑さには飽きた”と思っているだけなのか。

どういう感情がそうさせているのかはわからないけど、庭を覆い尽くした葛の葉っぱの間にピンクの花を見つけては喜び、樹木の影が薄くなっていることに儚さを感じている。時の移ろいを感じられることが“良いことだ”と信じ込んでいるみたいだ。早く時が過ぎ去ってほしい、なんてちっとも思っていないのに不思議なものだ。

微差をみつける目

ちっちゃなちっちゃな季節の変化を見つけて喜ぶ。
改めて文字にして読んでみると、ちょっと変だ。まるで我が子の成長を感じて喜ぶ親バカの心情である。もしかして、ぼくは季節バカなのか?などと思ってしまうが、それも悪くはない。誰かと同じだからという理由で安心するのもどうかと思うけれど、枕草子を読んで清少納言大先生が味方だと思えば、なにやらぼくまで高尚な存在になったような錯覚を得られる。

料理だって、そういうモノだったんだろうな。意図的かどうかは別として、日々の食事を通じて“昨日とちょっとだけ違う”を感じられた。「ほんのちょっとだけ」が繰り返されているうちに、「思えば遠くへ来たもんだ」と言いたくなるほどの“道のり”を感じて、それが嬉しいのかもしれない。
そういえば、和歌の本歌取りだって、ぼくみたいな素人には「ほとんど変わからないじゃん」と思える。だけど、長い年月をかけて色んな人が「ほんのちょっとだけ変化」させてきた結果、いつの間にか新しい世界観が描かれるようになっていったんだろうな。

連続性のある変化。地続きのなだらなか移ろい。そういうのが好きなのだろうな。ただ「好き」なだけ。だから、“季節替わりの献立”というのが、テレビのチャンネルを変えるみたいにパチっと切り替えるみたいで、どうも馴染まない。それよりも、ラジオの周波数を合わせるみたいに少しずつ馴染んでいくほうが、ぼくには心地いい。

そういえば、うちの店の料理ってチラホラと変わっていくんだな。焼き魚は変わらないのに、付け合せがちょっと変わる。前菜の一部だけが変わる。そのうちに、夏の魚と秋の付け合せがバランスが取れなくなって、魚も秋のものに変わっていく。まぁ、これも今取ってつけただけの話で、実のところ気分で変わっていくだけなんだけどね。

今日も読んでいただきありがとうございます。

時間を直線で捉えるのではなくて、1年でループするっていう感覚が、日本の伝統的な物事に現れている。毎年、ほとんど同じことを繰り返すんだ。だけど、何年か経って振り返ってみると、けっこう変わっている。そういう感性が、きっと日本の文化を静かに、けれど確かに支えてきたんだろうな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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