今日のエッセイ-たろう

「民主化する」は簡素化ということ。「簡素化する」は本質から遠ざかるということ。 2024年12月27日

食文化を歴史の流れで見ていくと、だいたいのものは民主化されるということに気がつく。いつか、ちゃんと体系的に整理したほうが良さそうだな。

現代日本料理の最もフォーマルなスタイルである本膳料理。室町時代に形成されて、それがちょっとずつ武家社会へと広がり、庶民の結婚式などに登場するくらいになっていく。茶懐石も会席料理も、似たようなものだ。

欧州に目を向けてみると、現代に続くフランス料理は貴族社会のものだ。フランス革命で王政が崩壊した時、貴族に雇用されていた調理人がリストラされる。というか、雇用主がいなくなるのだから自活しなくちゃいけなくなる。一部はブルジョアジーに雇用されただろうし、一部はレストランを開業しただろう。

誰もが楽しめる料理としてのフランス料理が登場した。この時、皿数は5ということに決めてしまったことは、その後の普及に貢献した要因だろう。たいていのものは、民主化するときに「誰でも出来る」状態にする。テンプレートを作ることが肝になる。

テンプレートがあれば、必ずしも全員が簡単にできるようになるわけじゃない。だけど、すごくとっかかりやすくはなる。例えば、ビジネス文書を書かなくちゃいけないとして、なにもないところから考えるよりは、ネット上に転がっているテンプレートを使ったほうが楽じゃない。楽だし、全くの素人がゼロベースで生み出すよりクオリティも高いし早い。

民主化されたモノの宿命というのだろうか。多くの場合は、それ以前に比べてクオリティが下がる。簡単になるし、多くの人が参加できるようになる。これと引き換えに、とんでもない発想や工夫や技術から遠ざかっていく。

仏教芸術は、この文脈で槍玉に上がることがおおい。奈良時代の仏像のほうが、鎌倉時代に比べてずっと素晴らしい。そういう評価になるらしい。ぼくは、仏像を語れるほど詳しくはないのだけれど、確かに古いものの方が繊細で、表現も豊かなように見える。鎌倉時代のものは、なんとなく荒々しい印象を受ける。まぁ、専門家の評価を知っているからそう感じているだけなのかもしれないけどね。

奈良平安時代の仏教芸術は、貴族のもの。東大寺の大仏も、五重塔も、みんな貴族のためのもの。貴族が作って貴族が慈しむ。だから、とんでもない労力と技術が注ぎ込まれている。これまた聞きかじった話なのだけれど、五重塔って本当にすごいらしい。五重塔のためだけに存在するような工夫があって、他の建築物には使われていないのだと知人の建築家に聞いたことがある。つまり、オンリーワン。フルオーダーメイド。

それはすごいことになるはずだよ。どうやっても量産型には叶わない。

鎌倉時代以降の寺院は、コピペみたいになっていく。と言ったら言い過ぎだけど、基礎技術が固まって、それをあちこちで転用できるようになる。設計図が決まっていて、それをいくつも量産していく。大手住宅メーカーの家みたいなものだ、と聞いたことがある。

民主化というのは、作り手が広がり、鑑賞者も広がるということ。誰かがテンプレートを作ってくれて、参画者が増える。その過程で、細かの部分がどんどん削ぎ落とされていってしまう。で、形が変わっていって、本来の形や意味とは無縁なものが残ることもある。そう、分かりやすくするってことは、間違いに近づくということ、なんだ。

ぼくが食文化史を語る時、なるべく丁寧に説明するようにしている。わかりにくいところは、頑張って例え話を持ち込んだり、簡素化させたりするんだけど。簡単にすればするほど、本来の姿から遠ざかっていってしまう。どんなサイズの円でも必ず同じ数になるπ、円の面積を求めるときには半径の2乗に3をかける。というのとでは、かなり違う。違うんだけど、民主化の過程では往々にして楽ちんな方に流れるわけだ。

近代以降の西洋料理のスゴイところは、民主化するときに確実に劣化しているはずなのに、ギリギリのところでテンプレートが作られた。ホントは、もっと自由にいろんな料理をコースに組み込んでいたはずなのに、枠を決めちゃった。で、無限の組み合わせをシンプルにしちゃったんだけど、その分だけ一点を深く追求することに集中するようになった。と言えるだろう。

他の地域の伝統料理は、その多くがもっと組み合わせの自由度が高い。簡単に言い換えれば何品作っても良いのだ。自由だから楽だというのも有るけれど、ある程度習熟していくと、自由度が高すぎて手に余るようになる。で、その先へと進むときに、自由な世界で自由な表現ができるようになる。そう考えると、フランス料理などは習熟のためのステップが明示されているとみなすことも出来そうだ。それ自体が素晴らしいスタイルであり、同時に別次元への補助輪にもなっている。

最初から狙っていたのならスゴイな。

今日も読んでいただきありがとうございます。日本の食文化を繋いでいくことを考えると、人工的なアプローチでテンプレートをデザインしたほうが良いのかもしれない。だけど、簡素化したものだけが主流になってしまうと、いつの間にか本質が消失するリスクも有るんだよなぁ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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