今日のエッセイ-たろう

似せれば似せるほど、違和感は大きくなる。 2023年2月26日

ここ数年でなにかと話題に上がるAI。その中でどんなことが起こっているのかはわからないけれど、機械学習によって何かしらの答えを返してくれる。最近ではChatGPTというサービスが話題になったので、少し触ってみた。これは面白い。答えの真偽はさておき、それっぽいことを返答してくれるのだ。とにかくそれっぽい。うっかりすると、まるごと信じてしまうかもしれないという危険性はあるけれど、虚偽も含まれることがあるということを考慮に入れておけば、おもちゃとしてはとても面白い。

このAIを触ってみて驚いたのは、「ホントっぽい表現」だ。全く根拠のない嘘のような話も、まるでホントのことのように語る。もしかしたら、人間が信用しやすい表現方法というのを学習しているのかもしれない。そんなことが行われているのかどうかは知らないけれど、だとしても面白いものだ。

こうした技術の進歩は目覚ましいことがある。そのうち、SNSでも「まるで本人が語りそうなこと」をAIが発信する時が来るのかもしれない。いや、もう来ているのかな。現在あちこちで見かける「bot」は、あくまでも「誰かが実際に語ったことがある言葉」だ。それらを自動収集して、SNSで発信しているのだと思っている。それも、そのうちに「本人が言っていない」ことを、まるで本人が言ったかのように発信するのだろう。ぼくが知らないだけで、既に実装されているのかもしれないが。

ここで、話を少々飛躍させてしまうのだが。

たべものラジオの音源データは既に150本以上配信されている。つまり、ぼくの声と喋り方、もしかしたら思考の癖みたいなものはデータとして公開されているわけだ。それだけじゃなくて、こうして毎日エッセイもアップしているわけだから、ぼくというパーソナリティの一部はデータになりうる。もちろん、プライベートの部分や他の側面は見えないのだろうけれど、たべものラジオのスピーカーとしてのぼくはデータ化出来るかもしれない。

それは「デジタル技術を駆使すれば、ぼくがいなくてもたべものラジオが更新できる可能性がある」ということになるのだろう。例えば、牛乳の歴史などとキーワードを提案したら、AIがたべものラジオのシリーズとして全10本の音源を生成してくれるかもしれない。

こりゃ楽だと考えるのか、それとも存在価値が消失すると考えるのか。その辺りは人それぞれだろうが、興味深い世界が間もなくやってくるのは間違いないだろうと思う。

さて、この技術が実装された世界で、もしぼくがこの世から消えたらどうなるのだろう。いつも通り、時々Twitterで発信していて、エッセイも更新されていて、たべものラジオも更新され続ける。親しい関係の人達以外は、ぼく自身が存在し続けると信じてしまうだろう。不思議な世界になりそうだ。もしかしたら、「死」を断定するタイミングが現在とは異なるものになるのかもしれない。まぁ、その辺りの議論は横においておくとしよう。

ぼくの存在を知っている人が、ぼくが存在していないのにたべものラジオの最新版を聞くとする。もちろん、AIが生成した番組だ。とすると、どのように感じるのだろうか。本物そっくりだけれど、本人ではないもの。ちょっとぞっとする。

もしかしたら、似ていれば似ているほど存在の否定が強まるのかもしれない。よく知っている人ほど、本人であるかどうかを極々僅かな違いから見極めることが出来る。なんとなく、どこかが違う。違和感がある。似ていれば似ているほど、その僅かな差異が際立って見えるかもしれない。

人気アニメ「ルパン三世」の声優は栗田貫一さんだ。その前は山田康雄さん。元々、栗田貫一さんは「ルパン三世のものまね」で有名な人だった。バラエティ番組で演じられるそれは、明らかに山田さんのそれとは違っていて、芸として誇張されたものだ。それが、突然ルパン三世本人になったのである。その初回作品を見たときのことはよく覚えている。簡単に言えば違和感と喪失感である。とてもよく似ているけれど、どこか違う。今ではすっかり貫禄も出て、ルパン三世の声優として正統派である。聴き比べる機会も無いのだけれど、もしかしたら山田さんのそれとは違うのかもしれない。

ぼくは、何かを学ぶときには必ず誰かのモノマネから始める。たべものラジオのフォーマットは完全にコテンラジオである。コアの部分を捉えるために、言葉の選び方まで見習おうとした。もちろん、出来ない。バックグラウンドが違いすぎる。料理だとしても、とにかく師匠筋の人たちの料理をトコトンコピーする。それも出来ない。知識も感性も技術も違いすぎる。似せれば似せるほどに、その違いが際立ってくいる。本物を知っている人からすれば、それは違和感であり、嫌悪の対象になるだろう。

ところが、何度も繰り返していくうちにモノマネではなくなる瞬間がやってくるのだ。師匠だったらこうするだろうけれど、なんだか違う気がする。ぼくはこうしたい。という自我が表に現れる。意識しなくても現れる。そして、いつしかオリジナルへと昇華されるのだろう。ぼくが考えている「守破離」は、こうしたものだ。だから、いつでも違和感を最大まで感じられるほどに似せていこうとする。

今日も読んでくれてありがとうございます。話が違う方向へ進んでしまったので、ここらで終わりにしようかな。似せれば似せるほど違和感が大きくなるって、面白いよね。デフォルメした表現のほうが、実は本物っぽく感じられてしまうんだもの。アートにもあるけれど、料理の世界の「見立て」もそうだよね。この感覚、実は日本料理の特徴らしいよ。西洋料理では、よりリアルな表現へと向かう傾向が強いらしい。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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