今日のエッセイ-たろう

挑戦しやすい環境。 2023年12月25日

昨日、挑戦しやすい環境について、先行事例があることは大切かもねっていう話を書いた。他にも大切なことがあるような気がするので、もう少し書き進めてみようと思う。

先行事例があると、勇気づけられるしどのようにすれば良いのかも見えてくる。一方で、多くの人が先行事例を真似すると均一化するリスクも有るように思える。

例えば、昭和の歌手は実に多様だった。声や歌い方にかなり特徴があって、癖が強かったんじゃないかな。素人参加型のテレビ番組から一躍スターになったりして。そうした人たちって、本格的な歌のレッスンを受けていたわけじゃないだろうし、なにより情報が少ない。こういう歌い方がウケるみたいなこともよくわからない。特徴がたっぷりあること。それが魅力になっていたのだと言う話を聞いたことがある。それと比べると、現代はどんどん画一化していると。先行事例を取り入れて効率化していった結果、一つのパターンに収斂していく。

ものまねをする芸人さんは、大変だろうな。特徴、つまり人と違うことが少なくなって、ある程度画一化してしまうと、似ているのかどうかがわかりにくくなっていってしまうかもしれない。

挑戦という言葉や行為をどう解釈するか。というのが気になってきた。子供が言葉を覚えるとか、飛び石を飛び移るとか、そういうチャレンジは「多くの人が出来ていて、自分も出来るようになる」という類の挑戦。一方で、いまだかつて誰もやったことがないけれど、もしくは少数しか達成したヒトがいないジャンルに挑戦するというのもある。

本質的には同じことなんだけど、周囲の環境によって見え方が違うだけという気がする。前者は、頑張れって応援する気持ちになって、後者は応援するヒトもいるけれどバカにするヒトもいるかもしれない。周囲から見てムチャクチャに見えるチャレンジ。成功した時だけ称賛が確定するけれど、失敗するとつらいかも。ほら見たことか。アホなやつ。くらいのことは言われる。そういう風評を聞いたことは一度や二度じゃない。

安心して挑戦できる環境。それがひとつのキーワードだと思う。成功したか失敗したかという結果に関わらず、ナイスチャレンジと言われる社会。特定のコミュニティでは成立しても、もう少し広い周辺環境、例えば町などの単位では今のところ難しい。失敗できる環境というのは、どうすれが作られるのだろう。

風評だけでなく、実際に生活がかかっている場合もある。起業するときは、規模の大小に関わらずドキドキするだろう。コケたときに待ち受ける環境がどのようなものになるか。想像すらもしていないと、余計につらい。本当は、セーフティネットとして生活保護があるはずなんだけど、それもまた批判の対象になったりもすることもあるようだ。

本当は、株式会社という仕組みも該当するはずなんだけどな。融資を受けることで、実行者の金銭的リスクを回避する仕組み。経営者の責任は、その点において有限。だから英語ではリミテッド(Ltd.)と表記しているわけだ。小規模零細事業者は、銀行との関係において、これが正しく機能していない側面もある。起業というチャレンジは、そのほとんどが小規模から始まるから、足枷になっている可能性もありそうだけど、どうなんだろうな。

何でもかんでも安全にしてしまうというのは違うかも知れないけれど、「挑戦しても大丈夫そうだ」「出来るかも知れない」という感覚を支える「なにか」があったらいいなとは思う。平均台の上で宙返りするとして、練習中は失敗しても大丈夫なように補助がつく。挑戦したいヒトには、挑戦しやすい環境を作るっていうのは社会全体にとっても有益じゃないかと思うんだけどね。

今日も読んでくれてありがとうございます。ぼくらは「自己責任が当たり前」という世界観で生きてきたから、そのことに違和感なくドタバタしているわけだけどさ。あまり、何でもかんでも自己責任の一言で終わらせてしまうのもなあ。じゃないと、社会課題を解決しようとしている人たちが育たないんじゃないかな。どう思います?

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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