今日のエッセイ-たろう

離れてみるとよく見える。社会と生活が繋がっている「感覚」を探してみよう。 2024年12月24日

ちょっと距離をおいて眺めてみると、全体像がよく見える。なんてことを経験したことがある人も少なくないと思うんだ。絵を描いたり、書をしたためたりしているとき、割と近くで筆を動かしている。ホワイトボードでもいい。そうすると、全体のバランスがよくわからなくなってしまう。そこで、少し離れた場所から眺めてみる時間を作るわけだ。

サラリーマンだったころ、一人で考え事をするために時々会議室を使わせてもらっていた。一人で静かに集中できるということもあるんだけど、一番の目的はホワイトボード。PCの画面や手元の紙では面積が足りなくてね。広いところにあれこれと書き出して、それから部屋の後ろの方へ行って、じっくりと考えてみる。そういうのが性に合っていたんだろうな。

自分の立ち位置を物理的に動かすことで、対象との距離を入れ替えられる場合はこれが出来るんだけど、動けない場合もある。案外これが厄介。自分自身が事態の渦中にいるときなんかは、周辺環境やそれに埋め込まれた思想やシステムの中に入り込んでいるわけだから、離れて眺める事ができない。

極端な例えをすると、戦争。自分のいる地域が戦闘に直面しているとする。自分の命はもちろん、家族や友人のことでほとんど頭がいっぱいになっちゃうと思うんだ。映像や本で見聞きしただけで体験したことはないんだけど、空想の中のぼくは、きっと手一杯になっている。そんなときに、国家間のコミュニケーションだとか、社会構造のことなんて考えられない。立場にもよるのかもしれないけれどね。でもやっぱり、砲撃被害を受けた街の景色をみたら、相手を憎むだろうし、その視点からものを考えることになると思う。

実は、日常でも似たようなことが起きていると思うんだ。そうだな。プライベートよりも、ビジネスで起こりやすい気がする。事業そのものに意義があって、目標を立てて期日を決めて邁進する。自分から挑戦していくこともあるし、上司からの指示などで巻き込まれながら動くこともある。雪崩のような勢いになると、あんまり遠くを見ている余裕なんて無くなっちゃう。いや、当事者はそんなことないよって思っているんだけど、はたから見るとそう見える。というのは、僕自身の経験からの意見だけど、どうだろう。

現代ビジネスは、とても時間を重視する傾向にあるから、従事する人たちは近視眼的に動くことになりやすい。歴史的に見ると、近代以降のことらしい。産業革命で工業社会になったから、世界中の人が同じ時刻を基準に動くようになった。鉄道の発達で、早くたくさん遠くへと運ぶことが利益をもたらすことがわかってきて、やっぱり時間が重視されるようになってきたってことらしい。たしかに、前近代的な社会では、農耕には農耕の、漁労には漁労の、商人には商人の時間軸があったようなのだろう。書籍を読んでいると、昔の人はルーズだったんだなぁという感覚を覚えるのだけれど、それは「ぼくの時間の捉え方」と違うだけってことだ。

こうしたことを、客観的に観察できるのも距離が離れているからだ。物理的ではないけれど、時間的にずっと距離がある。だから、全体構造を俯瞰してみることが出来る。いや、ちゃんとできているかどうかは別としても、少なくとも俯瞰視点を獲得することは出来る。なんと表現するのが良いかな。資格を得るというか、条件を満たすというか、そんな感じ。

食べ物や料理、その周辺の歴史を調べるっていうのは、実は「私と食」の「現在地」を俯瞰してみる行為だと思うんだ。既に書いたとおりだけど、自分が埋没する社会では、その社会そのものを俯瞰することが難しい。だから、歴史的を見ることで「過去の食」と「今の食」を比べてみたり、「過去と今のつながり」で流れを知ることで、現在地の解像度を上げようとするわけだ。

「過去の社会」は、「今の社会」を理解するための代替と言っても良いかもしれない。いや、そういう側面があるんじゃないかなってはなし。現在を知ることが難しいから、俯瞰しやすい過去を見る。で、色んな部分が現代とは違うんだけど、その差分を一生懸命に見つけ出していく。結果として、なんとなく現代の構造が見えてくるし、差分を探し出したことで変化に気がつけるし、見るポイントが増えるし。ま、これは食の分野じゃなくて、歴史学の使い方みたいな話ではあるのかな。

食分野の歴史が面白いのは、過去を現代に引き寄せたときに接続するのが「生活」だからだと思う。現代の自分の生活を見つめるのなら、過去の生活史を見るのが相対化しやすい。しかも、食の歴史では政治や経済、文化、環境、技術などとの関連性で語られるわけだ。自分が生きている今の社会で、こうした関連性を捉えるのって難しいでしょう。因果関係とまでは言わないけれど、何かが起きたらレスポンスはあるわけで、それを歴史の中で捉えるクセをつけておく。と、現代に引き寄せたときに、同じように見ることが出来るようになるかもしれない。

新しい商品やテクノロジーがあって、それを社会に投入した時にどうなるのか。逆に潮流が変わったきっかっけはなんなのか。とかね。ビジネスでもけっこう役に立つと思うんだ。一見、身近に感じられないことを生活の側に引き寄せる。そういうこと。

俯瞰できるくらいの距離にいるというのは、ある意味特権だよね。と、誰かが言っていた。本で読んだのか、それともポッドキャストで聞いたのか忘れちゃったけど、ホントにそうだと思う。

ぼくらは、近世と近代の産業構造を観察できるという特権的ポジションにいるわけ。農耕分離型の都市型生活だって、そろそろ100年くらい経つわけだ。かなりの事例が溜まっているので、それを材料に色々と考えたり改善することが出来るんだ。これが100年前の人だったら、参照事例が少なくて、改善どころか反省すら出来なかったんじゃないかな。ということを考えれば、現代人は歴史上最も俯瞰特権を得ているとも言えるだろうね。せっかく与えられたものを生かさないのはもったいないと思うんだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。「楽しいからやる」で始めたたべものラジオ。同時に「有意義だ」とも感じてはいて、だから続けてこられた。で、この感覚を言語化しようと試みてきたんだけど、今日の感覚は今までで一番しっくりくるかな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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