今日のエッセイ-たろう

掛川三城物語③

掛川の南部にある横須賀城は、戦国の城としては珍しい。櫓はわずかに3つしかない平城。もし、ここが戦闘の現場になったらどれほどの防御力を示しただろうか。それなりの機能を備えて入るものの、掛川城や高天神城などのように難攻不落とは言い難いかもしれない。

櫓の代わりに目を引くのはぐるりと曲輪を取り囲んだ白漆喰の塀。あまり知られていないけれど、櫓よりも塀の方がコストが高いのだそうだ。作るときにも手間とコストがかかるのだけれど、白漆喰は風雨にさらされて劣化してしまう。ましてや、海岸沿いに作られたのだから海風の影響を大きく受けたことだろう。それでも白漆喰の塀を維持し続けたのは、海上を走る菱垣廻船や樽廻船から美しく見えたからだという。そして、それを維持するだけの財力もあった。

横須賀城は、高天神城攻略のための拠点であり砦でもあったが、同時に輸送の要地でもあった。浜松や岡崎から運び込まれる物資は、横須賀城に届けられる。城の外堀がそのまま太平洋というくらいに海に面していて、舟はそのまま場内に入ることが出来たという。高天神城を包囲した数々の砦を維持出来たのは、この物資があったからだ。

太平の世になると、横須賀のまちは豪商たちによって経済的に大きく発展した。大阪や江戸との貿易が盛んであったことがこのまちの活気の根源だ。横須賀城の入江は、潟を通して原野谷川に繋がっている。そして、この川を遡っていくと掛川城の堀としても機能した逆川へと通じている。江戸期を通して掛川藩の年貢米は横須賀から大阪の米市場へと輸送されたことがわかっている。

もし、宝永の富士山噴火がなければ、横須賀の城下町は東海地方でも大きなまちへと発展していただろう。せめて、元禄時代まで続いていれば書籍や文化がこの地と都市を繋ぎ止め、豪商も居残ったかもしれない。

宝永火山に伴って発生した地震は、横須賀の土地を広げることになった。ここは、地震で隆起する土地なのだ。海底の地形などの自然の形状から津波の心配などほとんど無いという。ただ、隆起した海底によって、海運で栄えたまちは内陸のまちへと変貌した。高天神城近くの浜野浦も、浅羽の湿地帯も田畑へと変わっていった。

掛川の食文化は、東のそれとは少々異なる。とろろ汁は、鯖出汁の味噌汁で作られるのだが、東に行けば鰹出汁と醤油味になる。出汁に関しては、沼津や焼津などと同じように鯖節が一般的だったから、それがそのまま残ったのだろう。静岡県東部がやがて鰹節の産地となったことで変容したと考えるのが妥当だ。取り残されたのは、海運が衰退したことと関係あるかもしれない。

おそらく最も影響を受けたのは砂糖だ。横須賀白と呼ばれて、藩の重要な産品だったという。港が衰退したことで、収入が減少した。それを補うために四国の砂糖づくりをこっそり学び、サトウキビを栽培したという。おかげで、いまでも横須賀地域の味付けは甘い。これは掛川市の中でも他の地域には見られない傾向だ。

この地には古い醤油蔵や酒蔵が残っていて、今でも営業している。もしかしたら、西国からの技術の移入があったのかもしれない。そうした文化は、少なからず掛川藩へも影響しただろう。塩の道を通じて鯖節が運ばれていたこともわかっているが、水運によって運ばれた物資や人員が文化を伝えたと考えられる。このあたりのことは、まとまった書籍になっているわけでもなく、地元の古書をあたって研究が必要な領域。わからなことだらけなので、まだ番組で語ることはないけれど、いずれ調査が進んだらお話できたらと思う。

掛川城に目を向けると、そこには御殿がある。二条城、高知城、掛川城の他に御殿が現存している城はない。残念なことに、掛川城御殿は台所部分が取り壊されて失われている。もし残っていたら国宝だっただろうと言われているが、それでも重要文化財指定にはなっている。その脇にあった玄関下門は、袋井市にある油山寺に移築されていて残っている。登城する藩士たちは、大きな門をくぐると、眼の前に白く美しい天守閣を見て、二の丸に移された御殿へと向かった。御殿の庭からも天守閣の姿を望むことが出来る。

戦国の戦いの中で機能を消失した高天神城。掛川城は、東海道でも数少ない幕末まで天守閣が維持された城である。旅人が江戸へ下向するとき、岡崎城の次に天守閣を見るのは掛川城、そして次は小田原城だ。徳川というブランドにとって聖地のような扱いでもあったらしく、歴代城主は譜代大名であり、掛川城を離れた跡に出世していった人も少なくない。そういう地だからこそ、何度地震で倒壊しても、幕府は再建させつづけたのだ。

見える風景も計画のうちだという。そういう意味では、横須賀城の白漆喰の塀もそうだ。よく見る景色というのは、人々にどんなイメージを与えてきたのだろうというのも、なかなかおもしろい論点だ。

今日も読んでいただきありがとうございます。江戸時代初期の横須賀城主は、有馬氏だったんだ。後に筑後へと移って、筑後川の治水で筑後平野の開拓に貢献したという。出島にも関わっていたんじゃなかったかな。どうも、横須賀時代につちかった土木技術と知識が役に立ったらしい。こういうつながりって、とても興味深いよね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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