今日のエッセイ-たろう

なぜブリ大根はうまいのか — 日本式「脂との付き合い方」

鰤と言えば脂の乗った寒ブリが有名だけど、冬だけが食べ頃というわけじゃない。春の鰤だっておいしいのだ。産卵に備えてしっかり栄養を蓄えた春の鰤は、卵を抱えていることもある。東南海エリアでは、春も鰤の旬なのだ。いろんな料理で楽しめるのだが、今日は定番のブリ大根も作ってみた。

鰤と大根の相性は抜群である。理屈抜きでおいしい。
だけど、どうしてこの組み合わせがおいしいのだろう。

鰤と大根の相性

大根といえば、ジアスターゼという消化酵素がよく知られている。胃もたれや胸焼けを防いでくれることから、昔から「毒消し」と言われてきた。大根役者という慣用句は、「当たらない」に引っ掛けて生まれた表現である。ただ、ジアスターゼは加熱すると失活するので煮物では活躍できない。
辛味成分が魚の生臭さをマスキングしてくれる効果もあるけれど、これまた熱には弱い。

これらの効果は、鰤の塩焼きに大根おろしを添える時に効果を発揮する。では、煮物であるブリ大根では、どんな相乗効果があるのだろう。おいしいのだから、それなりに理由があるはずだ。という前提で考えてみよう。

煮物における大根の旨さは、何と言っても「ダシを存分に吸い込んだ大根」にある。個人の感想でしかないけれど、異論のある人は少ないと思う。ブリ大根でも、大根はブリのダシがしっかり染み込んでいるのがいい。特にブリ大根では、ブリの特徴である脂分が大根にも染み込んでいるところも、この料理のおいしさの特徴だろう。

大根に旨味と脂分が染み込んでいるということは、その分だけブリから旨味と脂分が抜けているということになる。それでもおいしいのがブリの力強さだ。そういえば、ブリを使った料理は、ある程度脂を落とすことがある。ブリしゃぶは湯の中に脂が落ちるし、照り焼きだって焼いている間に脂が滴り落ちている。しかも、大根おろしを添えて口の中をさっぱりさせようというのだ。どうも、ブリ料理は脂を加減することが肝心のようだ。

魚のおいしさを「脂が乗った」と表現する割に、いざ調理するときには適度に脂を減らそうとするのだからおもしろい。脂が多ければ良いのではなく、良い按配にコントロールする。この感覚が、実に和食らしいと思えるのである。

脂と食の好み

そもそも、日本では動物性脂を口にすることが少なかった。獣肉を食べる機会が少なかったせいだ。ごま油は植物性油脂だけど、それも高価で手に入りにくい。魚以外に、さほど脂を口にしないのが一般的。基本的に油は「火を灯すもの」だと思いこんでいる節がある。そのせいで明治時代の人たちはヨーロッパの食文化に触れてびっくりしたらしい。生野菜に油をかけて食べるなんて。しょうがないから「サラダ油」という名前を生み出して、食用アピールをしたとか。

とにかく、ヨーロッパと比べて圧倒的に脂が少ないのが和食なのだ。
この違いは、料理の設計思想そのものを分けている。

ヨーロッパなどのミルク食文化圏では、料理にバターやクリームをよく使う。料理にコクを出したいのだ。日本ならばダシを使うところだけれど、脂分が旨味の元になっている。これに対して、脂は強すぎるからコントロールしたいと考えるのが日本。どちらかというと、旨味のアクセントという扱いのように感じる。
脂が、味の中心なのか、それともアクセサリーなのか。発想が根本的に違う。

このあたりの思想の違いは、食料生産環境や気候、宗教的な考え方など、いろんなものが絡み合っている。すべてを語るには時間がかかるので割愛するが、要するに、気候も資源も宗教も違う。環境がまるで違うのだ。

環境は味覚にも影響する。高温多湿であることは、脂っこいものよりもさっぱりしたものを好む傾向に影響しているだろう。夏が近づくにつれてウナギやマグロの人気が落ちていったと江戸時代の記録にあるのは、「おいしいけど飽きる」という感覚があるからだと思う。だからこそ、ご飯といっしょに食べたり、漬物やお茶がセットになる。ブリ大根だけではなく、脂っこいものはうまくコントロールする。そうやって、おいしさを設計してきたのだろう。

脂をコントロールする技術

脂をコントロールしておいしさを設計する。と考えたら、そのための技術がいくつもあることに思い至った。

まず最初に思いつくのは物理的な除去である。霜降りというのは、食材に熱湯をかけたり熱湯にさっとくぐらせて冷水に入れて冷ます下処理のこと。臭みやぬめりを取り除いたり煮崩れを防ぐ効果もあるが、余分な脂分を取り除くことも重要なポイントだ。カツオのタタキのような焼き霜も同様である。強火で炙っておいて、わざわざ冷水に突っ込むのだ。旨味が増すだけでなく、余分な脂分を落としている。その意味では、ウナギを蒸す関東焼きも同様の効果を見込んでのことである。

脂を分散させる技術もある。これはブリ大根が良い例だろう。ブリの持っている脂分を、大根に移すのがポイントになる。大根や煮汁によって、ブリの持っている脂分を他に移してやる。これによって脂分の絶対量は変わらないけれど、全体的に薄まることになる。天ぷらそばもこの類といえるかもしれない。どちらもおいしくなって一石二鳥というわけだ。

他には、脂分のリセットがある。大根おろしを添えたり、漬物を食べたりして口の中をさっぱりさせるのだ。調理技術とはちょっと違うけれど、口の中に脂が残り続けるのを避けたいという気持ちから生まれたコンビネーションである。握り寿司に、お茶やガリがセットなのも同じ理由。

こうして並べてみると、決して脂分を嫌っている訳ではないということがよく分かる。除去は物理的に脂の量を減らすことだけれど、他の2つは違う。感覚として「脂っこくない」「さっぱりしている」というのが大切なのだ。

つまり、脂を減らすのではなく「感じ方を変えている」のである。
先ほど「脂をコントロールしておいしさを設計する」と表現したのは、そういうことなのだ。

脂とニッポンの食文化

古代日本では、土器が発達したこともあって「茹でる」「煮る」が中心になって食文化が形成された。粘土質の土のおかげだし、豊富な水のおかげである。鎌倉時代になって精進料理が伝えられると油を使った料理が知られるようになる。味が淡白であるからこそ植物性油をうまく使ってコクや満足感を得られるのだ。

室町時代には、現代に続く日本料理の原型がひと通り揃った。その食文化を牽引したのは武士階級だが、彼らの食事は複数の料理を並べたもの。いわゆる本膳料理である。いくつもの料理が並ぶようになると、それぞれのバランスが大事になってくる。突出した強い味は他の料理の邪魔になるのだ。精進料理をベースとした油の扱い方が、本膳料理で繊細なバランスを取る技術へと繋がっていったのだろう。

脂分の摂取が増えたのは江戸時代の江戸。独身男性が集中する江戸では、「喰切」と呼ばれるワンプレートが発達する。外食では、それが手軽なのだ。しかも、肉体労働者が多かったから高カロリー食の需要が高い。いわゆるパワーランチのような食事が求められたわけだ。けれども、それをそのままで味わうのを良しとしなかった。脂っこいものは食べるけれど、良い按配に調整したい。それが粋だった。

おそらく、室町以前から続く食に対する美意識が影響しているのだろう。江戸時代の食文化は、そういう意味でもとても面白い。江戸のような社会環境になれば、大抵はパンチが強く脂が多い料理が活躍するものだ。江戸も同様なのだけれど、「脂っこい」のは好まれなかった。面白いことに、日本の食文化の歴史の中で最も菜食が進んだのも同時代のことなのだ。

明治時代になって、脂の味が中心になっている西洋料理に遭遇した。これにはずいぶん驚いたことだろう。実際、なかなか馴染めずにいたようだ。
すき焼きの原型となった牛鍋は、日本人の舌に合わせた工夫と言える。焼くのではなく煮る。煮ることで脂分を野菜に分散させることができたし、いつの頃からか生卵に絡めて食べるスタイルも定番になっていった。肉にポン酢を合わせたり、しゃぶしゃぶが登場するのもこの頃のことである。トンカツにはキャベツがセットになり、カレーライスには福神漬けやらっきょうが添えられた。おろしハンバーグは今でも人気である。
つまり、西洋料理は日本食文化の中で「脂の再設計」が行われたのである。

日本の食文化史を、脂の使い方に焦点を当てて見てみると、現代は「脂の暴走時代」と言えるかも知れない。歴史の中では暴走と言っていいほどに脂の摂取量が多い時代であることは間違いない。
バターやクリームが多用されるようになり、揚げ物は特別な料理ではなくなった。マグロのトロが握り寿司の王様のように扱われるようになり、肉は霜降りがもてはやされるようになった。霜降り肉とは、前述の調理技術としての霜降りに由来している。霜降りしたように白っぽいことから霜降り肉と呼ばれるようになったわけだが、脂を除去する技術の名前が脂たっぷりの肉の名称に使われているというのは、不思議なものだ。

ラーメンは、すっかり主役が入れ替わった。さっぱりした昔ながらのラーメンよりも、豚骨ラーメンが幅を利かせている。背脂たっぷりの店も少なくない。若い頃にはそういったラーメンを食べることもあったが、最近は胃が受け付けなくなった。
そういえば、こってりラーメンには茹でたほうれん草やモヤシがトッピングとして人気である。これは、過剰な脂分を中和させたいという気持ちの現れなのだろうか。だとしたら、脂の再設計の一部と言えるのかも知れない。

今日も読んでいただきありがとうございます。

日本の食文化は「脂をどう食べるか」ではなく、「脂とどう付き合うか」という方向で進んできた。つまり、脂を排除するのではなく「関係を設計する文化」だと思うんだ。意識的にやってきたと言うよりは、自然とそうなってきたのだろうね。
この先どうなっていくんだろうな。近年の食文化の傾向を見ていると、甘さや旨味や脂は、極端に振れやすいから気になっている。まぁ、カウンターカルチャーもあるからどこかでバランスするんだろうけどね。その時も「関係を設計する文化」でいられるかな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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