「保存」と「移動」という、食のエコシステムの鍵。 2023年5月12日

人類は食に関する課題に直面している。というと、なにやら大げさに聞こえる。ただ、食料問題に関して言えば、人類はずっと長い間、それこそ有史以前から食料問題に直面し続けてきた。時代や社会によって課題の内容が少しずつ違っているというだけのことである。

今、ぼくたちが直面しているのは食料不足。日本や一部の先進国は人口減少トレンドではあるけれど、世界的には人口は増加し続けている。このままいけば、地球で生産できる食料の上限よりも多くの食料が必要になってしまう。

産業革命以前の食料問題。それもやはり食料不足だった。ちょっと様相が違うのは、流通環境が圧倒的に違うのである。現代に比べて移動手段は未発達だったし、食料の保存方法も未発達だった。だから、食料を移動させるとしても距離的にも時間的にも制約があった。だから、食料生産が出来る場所や集積する場所の近くでなければ人口は集中させることが出来なかった。

江戸時代の日本では、海運業が発達したことで江戸に100万人もの人口を抱えることが出来た。中世のバクダードしかり、唐の長安しかりである。それでも、近郊には農業生産拠点があったし、人口が増えたと行っても100万人程度である。

爆発的に都市化が進んで、人口が集中できるようになったのは産業革命以降のことだ。

産業革命。それは、エネルギー革命であり、科学技術の革新だった。これによって、植民地という遠方から食料を獲得することが出来るようになったし、国内でも都市部から離れた場所から都市へと食料を運ぶことが出来るようになった。19世紀の初頭に発明された冷蔵冷凍技術によって、長時間の保存にも耐えられるようになった。つまり、都市部へと食料を運び込むことが出来る範囲が人類史上最も拡大したのである。その延長線上にあるのが現代だろう。

食料の保存と移動の技術。これらによって、現在の食料事情は支えられている。

商業の拡大に伴うエンクロージャーの影響によって、食料生産よりも商品作物の市場価値が高くなる。17世紀の世界的なトレンドだ。原因はこれだけではないけれど、生活圏と食料生産圏が明確に分離される社会が醸成されるようになっていったことは史実の示すとおりである。現代社会では、例え地方郊外に住んでいても、都市型生活が一般的だ。食は、購入するもの。食料を購入すること自体は古代からあることではあるけれど、地域社会という集団単位でみても、食は購入しなければ生活が成立しないということになっている。

極端な言い方になってしまうが、現在の東京はモノカルチャー社会にも似ている。

モノカルチャー。それは、植民地において「金になる農業」に特化した結果、同地で生活物資の生産が著しく減退した社会。生活物資は、他のエリアから購入することでしか得られない。生活を外界に依存していると言い換えられる。

日本という国はプランテーションで成り立っているわけでもなければ、ましてや植民地ではない。けれども、生活の基盤を外界に依存しているという意味では、かつての西インド諸島と重なって見えるようだ。

さて、どの事例を取ってみても鍵になっているのは、食料の保存と移動だというように見える。食のエコシステムの中で、革新的な技術が投入されるのが保存技術が最初であることを考えると、いかにも現実のように思える。変化したのは、鮮度保持。乾物中心であった世界から生鮮食品が世界中で行き来するようになる。それは、全ての食品が世界商品になる可能性を秘めているということでもある。

世界商品となった食品がどのような物語を紡ぎ出してきたのか。それは、歴史に学ぶところが大きいように思える。

一定の品目が世界流通のターゲットとなる。それらが、投資の対象となっていく。投資ならばまだいい。投機の対象となっていく。ぼくは共産主義者ではないけれど、世界人口を支える主要作物に関しては投機対象から除外するという取り決めがあっても良いのではないかとすら思ってしまう。

投機対象が飽和してくると、食料需給の観点からも投機の観点からも新たな食材に目先が向かう。タンパク質と言えば肉という固定化した概念は覆され、今まで魚を食す文化の薄かった地域ですら大きく魚食文化へと舵を切ることになるかもしれない。そうなると、漁業権を巡るせめぎ合いが発生するだろう。肉がなければ魚を食べればいいじゃない。

今日も読んでくれてありがとうございます。長くなってきたし、今日の話はまだまだ続きそうな予感がする。ということで、続きは明日に持ち越すことにしよう。もし興味を持ってくれた人がいたら、ぜひ明日のエッセイも読んで欲しいです。まだ、どこにも着地していないしね。

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