今日のエッセイ-たろう

エンタメとしての料理を紐解く。 2022年9月27日

余り知られていないけれど、日本料理はエンターテイメントとしての側面が強い。強いというか、エンターテイメントとして楽しむための料理を目指したのが古いのだ。なにせ、平安時代の末期ころから、エンターテイメント要素を取り入れ始めている。そして、その傾向は現代までずっと続いているんだよね。

近年になって、その方向性に若干のブレーキがかかっているだけ。その事に気がついている人は日本人にも少なくて、海外でも知られていない。ただ、影響を受けた人たちが海外に多いので、エンターテイメント的な飲食店が海外発祥のように見えているというわけだ。

エンタテインメントとしての料理。これには、大きく2つのジャンルがあるようにみえる。一つは、調理工程を見せる。もう一つは、料理を介したコミュニケーション。

前者はわかりやすいよね。派手な演出をする料理人は、ともすると邪道のように扱われがちだ。確かに、料理の内容が伴わないこともあるから、それは論外だけどね。食べにくいことがわかっているのに見栄えだけは派手にするとか、味を度外視して見た目に傾斜しすぎるのは少々考えものではある。

料理の本質をちゃんと捉えた上でエンターテイメント化させること自体は、日本料理のお家芸と言ってもいいくらい。四条流庖丁式は鎌倉時代から室町時代にかけて完成したと言われている。ここで言う庖丁は道具の包丁ではなくて、調理そのもののことね。昔は調理のことを庖丁と表現していたんだ。

でっかいまな板の上で、鯉や鯛などを切り分けて盛り分ける。捌いて並べるだけのこともあるし、調理までを見せることもある。貴族を相手に、調理工程をエンターテイメントとして見せることを目的に開発された手法だね。これが最初期のものだと言われている。

他にも、板前割烹というのがあるね。割烹は調理という意味。「割」が切り分けるという意味で、「烹」が煮炊きするという意味ね。それを板の前で行うということで板前割烹。この板は、やはり台盤の如くに大きなまな板で、お客様から見えるところに配置されている。現代で言うところのカウンター割烹だ。食材が料理に変化していくさまを見ながら、酒をちびちびとやる。出来上がるのを待つのも楽しみの一つだという文化はここから生まれたという。このスタイルが巷に現れるようになったのは、室町時代の末期。

近代から現代にも、この板前割烹を加速させた事例は多い。にぎり寿司なんかもそうだし、鉄板焼もそうだ。鉄板焼なんかは、外国で発祥したもののように感じているかもしれない。そのとおり、発祥の地はアメリカ。なのだけれど、これを始めたのは日本人。カウンター割烹のスタイルを、そのままステーキに置き換えたんだろうね。

さて、もう一つのエンターテイメント要素である、コミュニケーション。これは、お互いに読み合うって感じかな。古来だと和歌や俳諧などが似ているのだけれど、一つの作品を通して思いを伝えるという行為だ。舞踊でも同じだよね。宴席で舞を舞う。ただ楽しいだけのときもあるけれど、何かしらの意図を表現していることもある。戦国時代の武士が政治的に緊張関係にある人達と宴を催す。その際、田植えや稲刈りなどの農作業を舞にする。「我らも、もともとは貧しい環境で手を取り合った仲じゃないか」というような、メッセージ性が込められている。そんな話だ。

調理をする者、もしくはそれを差配する者。そういう人が、食べる人に対して何かしらのメッセージを込める。まるでコンセプチュアル・アートだ。故郷から離れた土地で頑張る人が疲れていたとする。そんなときに、格式張った料理の中にちょっとだけ工夫をして郷土料理を差し込む、とかね。ホッとするじゃない。

美味しんぼの中にもそんなエピソードがある。とある人物の誕生日だったかな。忘れちゃったけど。いつも通りの究極と至高の対決で、山岡士郎も海原雄山も鮎の塩焼きを出すんだ。で、山岡が提供した鮎は長良川のもの。もちろん美味しい。で、海原雄山が出したのは四万十川の鮎。これまた美味しい。同席した人たちは、確かに特徴が違うけれど、どちらも日本のトップをあらそうに相応しい美味しさだと評価する。ただ、誕生日の人だけは、海原雄山の提供した鮎に涙を流すのだ。四万十川の流域で幼少期を過ごした人にとっては、何者にも代えがたい最高の料理なのだ。

こういうエンターテイメントもあるんだよね。現代では後者の感覚が薄れてしまっているようで、一部の洋食に表出しているようだ。フレンチのシェフに聞いた話だけれど、フレンチではこのようなコンセプチュアルなメニューは最近登場したものらしい。シェフが若い頃にはなかった発想だという。

会席料理どころか、そのルーツである懐石料理や本膳料理は、もともとコンセプチュアルなものなのだ。船木伝内を中心人物に描かれている「武士の献立」などもそのままである。千利休もまた「わび」という文脈から、料理の背景をとても大切にしていた。

今日も読んでくれてありがとうございます。この感覚は、現代の日本料理にもちゃんと息づいているはずなんだ。どちらのエンタメもね。昨今の「映え」に引っ張られすぎて、本質を忘れた演出にならないように気をつけたいところだ。まぁ、大饗も本膳も形式化してしまったからこそ、カウンターとして懐石が登場したりするんだけどね。その意味では、今も過渡期なんだろう。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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