再現性の低さが良さを生むこともある。 2023年2月8日

音楽というものはとても不思議。

カラオケで歌う人が違えば、同じ曲でも違って聞こえる。素人の歌なんだから、そりゃもちろん上手い人もいれば下手な人もいる。そういった違いももちろんあるのだけれど、上手い人が歌った場合でもそれぞれに声が違っていて、歌い方も違っていて、ともすると別の曲のように聞こえることがある。

声の場合はまだわかりやすい。例えば、同じピアノを使って同じ曲を演奏するとしても、演奏者によって違った印象になる。というのは、おそらく楽譜の解釈が違うのだろう。音の強さを表すフォルテやピアノといった音楽記号が6段階ある。楽譜が演奏者に対して指示を出しているのだけれど、人によって強さがの強度が違うのだろう。最も強い音であるフォルティッシッシモを強度10で奏でる人もいれば、15で奏でる人もいる。そ最弱から最強までの幅が広ければ、強弱の差はより大きくなる。

料理も似たようなことがある。強火だとか弱火だとか、火加減の指定がレシピにあっても、その加減は千差万別。調理器具によっても異なるし、弱よりの中なのか中よりの弱なのか、そんな微妙なバランスすらある。日によって、その加減も変動するのだろう。

みじん切り、千切りといった野菜の切り方だって、それぞれに違う。料理人はなるべく均等に切れるように訓練しているが、それでも完全ではない。ムラだってあるわけだ。

だから、同じレシピでも料理する人によって味わいが違う。ということなのだろう。

理科系の人達からすると、この既存の料理レシピは曖昧に感じられて仕方がないらしい。たしかに、実験の手順を表記したものと比べれば、雑に感じるのだろう。化学実験を行う際に、強火といういい加減な表記では再現性に問題がある。ましてやカリウム少々というわけにはいかない。グラム数で計るとしても、外気の影響を受けないくらいに精密な環境条件の指定がある場合もある。そうすることで、完全な再現性を求めるのだろう。

完全な再現性。この意味においては、料理のレシピは曖昧すぎる。しかし、料理のレシピは完全な再現性を求めるものではないのかもしれない。どちらかというと、音楽の楽譜のような存在。作曲者の意図を伝えるための指示書である。この部分は音を強くしたいし、音を伸ばすときはこのくらいの長さで、全体の早さはこのくらいが良いと「思う」。という、作曲者が作曲するときにイメージしたものを伝えるためのメッセージなのだろう。

料理のレシピも同じくらいの感覚で受け止めると良いのではないだろうか。

作曲者がこの部分はフォルテが良いと思っていても、それをあえてフォルテシモで演奏することもあるかもしれない。指定された早さよりも、少しばかり早く演奏するかもしれない。演奏者にとっては、それが心地よいのであれば、それは表現なのだと言っても良いだろう。

自分にとって良いと思うものを表現する。そういうものだろう。

だとするならば、やはり料理も同じだ。お客様に合わせて調整はするのだけれど、根本的には「自分がおいしいと感じるもの」を作る。味付けなどは、それが顕著である。そのうえで、お客様の好みの傾向を探っていって微調整をしていくのだ。純粋に好みに合わせることもあるし、その日の天候や体調を見て加減することもある。これは、「自分が良いと思うもの」をベースにしながら、「コンサート会場の空気感に合わせて」演奏することと似ているのかもしれない。

レシピをつくる人は、どこまでを意図しているのかわからないのだけれど、もしかしたら敢えて余白を残しているのかもしれない。意図していなくても、そういうものだと理解しておけば良いのではないだろうか。というのは個人の感想だが。

こうした余白があることで、料理をつくる際の自在性が担保されている。この自在性があるからこそ、自分がやったんだ、という能動的な行動による達成感が生まれるわけだ。達成感があるから、料理をつくることそのものが楽しみになり得る。

失敗するのが嫌という気持ちはとても良くわかる。よく分かるからこそ、ある程度手順と、幅を制限してくれているのがレシピだと思えばいい。スキー場のコースを仕切るロープのようなものだ。ここから先は危ないから行かないようにね。というのは、ここから大きく外れると失敗のリスクが上がるよと言っているのと同じ。安全にいくなら、レシピの範囲内で自在に楽しめば良い。さらなるチャレンジをするなら、スキルアップしてレシピから外れていくのも楽しい。そこまでいけば、守破離の破だ。

今日も読んでくれてありがとうございます。レシピというのは、守破離の守ではある。けれども、同時に守の中に自在性を持たせてくれているのじゃないだろうか。完全な再現性など求めない。というか、無理だけどね。そもそも、調理環境も違えば食材も違う。50年前の大根と今日の大根が同じ味なはずは無いと思うんだよね。

記事をシェア
ご感想お待ちしております!

ほかの記事

日本料理らしいと感じるポイントって何だろう。 2024年7月27日

お気に入り登録 たべものラジオをやっていて、良かったと思えることはいくつかある。それまでの生活では出会うことのなかった人との関わりは、人生を変えたと言っていいだろうな。発想も広がった。今、新たな企画をしているところなのだけれど、それもまた以前のぼくならば思い至らなかった内容だと思うんだ。...

土用の丑の日っていのは、ぷち贅沢の言い訳だったかもしれねぇよ。 2024年7月26日

お気に入り登録 30年ぶりの復刻メニュー。7月24日は土用の丑の日ということで、かつての人気メニュー「うなぎおろし」という定食を一日限りで復刻したのである。ふだん、あまり土用の丑の日だからってうなぎを大々的にアピールすることはなかったのだけど、結構盛り上がったし、ぼくらも楽しかったので良いのだ。...

妄想世界膝栗毛。のすゝめ。 2024年7月21日

お気に入り登録 いま住んでいるところをもっと快適でより良いものにする。ことの大小はあるけれど、誰でも考えたことがあるだろう。パソコンはこっちに置いたほうが良いかな。テレビの角度はどうだろう。水回りはキレイな方が気持ちがいいよね。といった具合に日常的なこともある。...

「飴食うか?」近代的コミュニケーションの知恵。 2024年7月20日

お気に入り登録 妻のバッグの中にはいつも飴が入っている。出先で子どもたちが「お腹が減った」と言い出したときに取り出すのも飴だし、ちょっとぐずったときにも飴が登場する。バッグの中で大きなスペースを専有することもないし、子どもたちも割と納得してくれるので便利なのだそうだ。...