今日のエッセイ-たろう

「伝える」をプロフェッショナルから学んで、自分なりに考えてみる。 2023年4月12日

ずいぶんと前のことだけれど、ニュースキャスターの久米宏さんがインタビュー番組の中でこんなことを言っていた。テレビというのは、ラジオに比べて情報量が多い。そのことで、意識が分散されてしまって、伝えたい情報が伝わらないことがある。

かつての人気番組「ニュースステーション」は、当時としては画期的な番組だった。ぼくは、まだ未成年だったと思うのだけれど、とにかくこんなに遅い時間帯にニュース番組があるというのに驚いたものだ。当時、夜22時に報道番組が放送されるということは、あまり無かったように思う。

その中で、久米宏さんがニュースを伝える際に気をつけていたことがあるという。それは、手を動かさないし、顔も動かさないし、表情も変えないということなのだそうだ。

元々ラジオからそのキャリアをスタートさせたそうだ。だからこそ、テレビが伝える情報のノイズに意識が向いたのだとか。ニュースで伝えられる情報、特に基本情報は「言葉」によって伝達される。言葉を聞くだけならば、目を閉じていても構わないわけだ。けれども、テレビという媒体である以上は、映像が流れることになる。映像が流れると、どうしてもそちらに意識が向かってしまう。手を動かしたり、水を飲んだりしても、それだけで集中力が削がれる。半ば無意識のことなのだろうけれど、人間の意識は視覚情報に引っ張られる傾向がある。これが「伝達」という行為にとって「邪魔」になる。

そもそもニュースステーションの内容は記憶にないのだけれど、こんなに細かなところまで気を配っていたことに驚いた。細かなこと、で片付けてはいけないかもしれない。「伝える」ということに関して、深く深く掘り下げて真摯に向き合った結果、大切だと思ったことを実践したということなのだろう。頭が下がる。

科学的にどのように立証されるのか、されないのかはわからない。ただ、個人的にも経験したことがある。普段からよく聞いているポッドキャストがあるのだけれど、なにかのきっかけで同番組がユーチューブでも公開されていることを知った。ちょっとした興味でユーチューブを再生してみたのだ。

面白いことに、ユーチューブを見ていても情報が頭に入ってこない。間違いなく見ているし聞いているのだけれど、言葉が頭の中を滑っていくような感覚があった。読書をしている時に、文字を追いかけているのに何も頭に残っていないことがあるのと似たような感覚。既に聞いたことがる話なのに、わかっているはずなのに、ポッドキャストならしっかり理解することが出来るのに、動画では情報が横滑りしていく。映像のほうがよりわかりやしかもしれないという期待もあったのだけれど、実際は逆だった。

たくさんの情報を伝えられるということは、同時に不必要な情報をも伝わってしまうということなのだろう。そのせいで、必要な部分が伝わらなくなってしまう。

広告などに記載されている地図は、かなり簡略化されている。必要最低限の道路と目標だけがデフォルメされている。そのほうが、目的地に到達するには効率が良い。いつだったか、「電話で道案内する」ことを比較実験したテレビ番組があった。片方は、目印と行動だけを伝え、もう片方は詳細情報と注意事項を伝えた。結果、スムーズに目的地にたどり着いたのは前者だったことは言うまでもない。

こうしたことを考えると、たべものラジオは多くの情報を含んでいる。転換点などのポイントだけを紹介すればよいのだけれど、やたらと寄り道をしているのだ。思い起こせば、初期のシリーズのほうが要点を抽出していたような気がする。

伝えるという意味では、要点をかいつまんで話したほうが良いのだろう。もっと洗練させていこうと思う。その一方で、寄り道することの楽しさもある。目的地にたどり着くまでの間、面白そうなものを見つけては立ち止まる。この花はなんだろう。面白い建物だけど、どうしてこんなところにあるのだろう。どんな人が住んでいるのだろう。などと、街の情景の一つ一つ楽しみながら歩みを進めていくのも楽しいものだ。ある種の無駄な時間や情報が、楽しさかもしれないとも思う。

ニュース番組の中で、その先は絶対に言わないと決めていたことがある。と久米さんは言っていた。そこから先は、視聴者のものであって、キャスターが語るべきではないと。何か不幸なニュースがあったとして、それに対して可愛そうだとかいう感想があったとしても、キャスターはぎりぎりとのところで言うことをやめる。その先は視聴者のものだから。

これもまた示唆深い。皆さんはどの様にお感じになられたでしょうか。と締めくくられることがあるが、意見を押し付けてしまわないようなギリギリの配慮なのだろう。池上彰さんの番組ではよく聞くセリフである。

一方で、ある程度の意見を聞くことで、それが呼び水になって自分の意見が形成されることもある。そう思うとか、そう思わないとか。この場合、賛成反対の二項対立になってしまいかねないリスクは有るのだけれど。ただ、思考をスタートさせるきっかけにはなるというメリットもあるように思える。

今日も読んでくれてありがとうございます。わざと読み間違えることがあるんだって。大切なところほど良い間違えて原稿を読み直す。自分が間違えたという「愚かさ」を演じることで、二度も大切な言葉を伝えることが出来る。なんのエクスキューズもなく二度伝えると、視聴者はバカにされた様に感じるらしい。伝えるって、深いし面白いよなあ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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