今日のエッセイ-たろう

サスティナブルな産業ってどうすればいいの?② 2025年5月22日

先日お亡くなりになった、元ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ氏。国連での彼の演説は、ほとんどの主要国は聞いていなかったけれど、世界中の人々の心を打った。ぼくが心に残ったフレーズは「消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況というモンスターが現れる。ハイパー消費を続けるためには、商品の寿命を縮めできるだけ多く売らなければならない。本当は10万時間も持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか販売してはならない社会なのだ。」である。今もファッション業界はこのハイパー消費経済を体現し続けている。

鬱陶しいことに、ネットで記事をを読んでいるとそうした消費を促進するアプリの広告が表示され続ける。それは、ぼくがファッションに興味があるからなのだけれど、興味があるからこそ忌々しくも感じるのだ。

最近、アメリカで流行しているのがGLP-1という薬。本来ならば糖尿病の治療薬なのだけれど、この薬を手軽に痩せられるということでダイエットの夢の薬ということになった。実際にあっという間に体重が減少するらしい。だけど、吐き気や便秘、胃腸炎などの副作用がある薬でもある。中には食べ物の匂いを感じなくなる例もあるらしい。そこで、最先端のテクノロジーを用いて、これらの副作用を抑える薬が登場したという。健康産業、食産業、ハリウッドなどが注目している画期的な発明。らしい。

とてつもない違和感を覚えるのはぼくだけだろうか。世界一の肥満大国を生み出した原因は、世界一の消費量を誇る砂糖文化だし、大量の脂肪摂取。それから、経済格差に起因するエンプティカロリー問題。簡単に言えば食文化そのものだ。

現代のアメリカを象徴する、美食ではない方の食文化。仕事の合間には、大きなハンバーガーとコーラと油であげたじゃがいもがパワーランチになる。朝は、重量の約半分が砂糖となったかつての健康食品シリアル。ステレオタイプではあるが、概ね現実だ。食習慣に関しては強く意識をしていないと気が付かないうちに太ってしまう、とアメリカに移住した友人は言っていた。そういう社会なのだ。

食文化には強いリスペクトを持つぼくだけれど、この文化は修正してもよいだろうと思っている。というのも、これが伝統的なアメリカの素晴らしい食文化ではないからだ。本当のアメリカの食文化は、もっと滋味深くて健康的で素晴らしいものがたくさんある。上記の食文化は、1980年頃に拡大していった「大量消費社会のための食文化」なのだ。これを言ったら叱られるかもしれないが、ぼくに言わせれば伝統を破壊したその上に作られたハリボテの食文化である。

ホセ・ムヒカ氏が語ったように、根本の見直しはとても大変な作業ではある。あるけれど、正面から向き合ってしっかりと話し合うところから始めなくちゃいけないんだろうな。

人の認知というのは、なかなか難しいもので、こうした社会的な仕組みを抽象的に考えようとすると、わかったようなわからないような気になる。第一、偉そうに語ったところで現実問題として、個人としてできないことはやっぱり出来ないと思うものなのだ。どうしろっていうんだよ、とか、それって偉い人がやるべきことでしょうとか。

だけどね。ぼくらが束になってかかれば、実は世界は変る。いや、そう信じるしかないのかもしれないけどさ。ほら、使い捨ての商品は今でもたくさんあるけれど、なんとなく購入しづらくなってきているでしょう。心理的にさ。若い人だと気が付かないかもしれないけれど、30年前と比べたら、なんとなく全体の価値観が大きく変わった。その結果、エコじゃないものの販売量が減ってきて、徐々に売り手の意識も変わってきた感覚がある。つくる人と買う人の両方から意識が変わっていくのが良いんだろうな。

で、それって、すごく時間がかかるんだと思う。特別なスイッチがあって、それを押したら世界が急激に向きを変えるなんてことがあるかというと、それはないような気がする。あったとしても、そして押すことが出来たとしても、すぐに変化するなんてことは起きない。歴史を勉強すると、そんなふうに思える。まぁ、昔よりは早いだろうけどね。どうしたって、ホモ・サピエンスという動物の認知というやつがボトルネックになると思うんだ。だからこそ、少しずつでも良いから早めに手を売っていく必要がある。というのが持論。

そういう意味で、自分で作ってみるというのがひとつの意識改革に繋がるんじゃないかと思うんだ。現代では服は購入するもので、自分で仕立てるなんて人はほとんどいない。けど、ぼくの祖父母世代の人は、けっこう作っていたんだよね。糸から始める人はいなかっただろうけど、反物を買ってきて自分で仕立てる。だから、それが大変な作業だって言うことを知識ではなく体験として知っている。おかげで、大切に使うようになる。いやもう、だって、面倒くさいもの。そういう面倒くさいことを体験するっていうのは、社会の仕組みをスケールダウンして理解することに繋がるのかもしれない。大切にすれば、服の寿命は長くなるし、長くなれば出費も減る。そういうサイクルや、意識が芽生えるかもしれない。

食べ物だって同じで、作ることを経験するのは良いことなんだと思う。普段料理をしない人だったら、経験としてやってみる。失敗したって良いよね。自分ができないことをしている人が社会を支えているんだって思えるから。場合によっては、めんつゆとか◯◯の素みたいな食材を使わずに、昔ながらの作り方をやってみる。芋ほり体験は楽しいけれど、芋を収穫した後に農家で行われている作業も体験すると良いかもしれない。

3Dプリンターでモノづくりを楽しんでいる人が、ある時パーツを接合しなくちゃならなくなって、色々と工夫をして接合のための部品を作ったんだって。何度も何度も試作をして、やっと2つのパーツをつなぐ部品が完成した。で、ネジって本当にスゴイって気がついたって言っていた。あんなに精巧なネジを安価に手に入れられる。社会の仕組みに気がつくセンサーを与えてくれる。そんな体験なんだろうな。

ファッション業界と飲食業界を比較するのは難しい。なにしろ、食品というのは腐るものだから。服のようなリサイクルもリユースもない。消費すれば消えるものだしね。さっき、環境庁のサステナブルファッションというサイトを見たんだけど、それでもなんだか感じるものがあって、食産業も人ごとじゃないんだなって思うんだ。

人類は長い長い時間をかけて、食品の保存を進歩させてきた。おかげで世界中の食品が流通するようになって、それが今後も加速しそうな気配がある。ファッションのように世界的に均質な文化に放っていないけれど、やはりグローバルな食品流通のなかで食文化も均質化しそうな部分もチラチラと見えている。もしかしたら、エコシステムに関しては食産業も同じような課題が肥大していくかもしれないのだ。

だからこそ、今すぐにでも、ちっちゃくてもいいから意識をしていく必要があるんじゃないかって思っている。

今日も読んでいただきありがとうございます。サスティナブルフードというテーマで、いろんな人とディスカッションしてみたいな。時間がかかるだろうけど、正面から向き合う時間を増やしたい。最初は少ないかもしれないけれど、誰かがやり続ければ、そこから波及する動きもあるだろうしね。性急に答えを求めず、社会全体のことを考える。ホセ・ムヒカ氏の意志は、ちょっとぼくの中にも残っている気がするよ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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