今日のエッセイ-たろう

ビジネスで聞く使役動詞。 2022年11月24日

営業職だった頃、気になる会話があった。「○○させておきます」である。その人が何人かの部下がいるような立場の人で、指導することがあるような場合であれば、まだわからなくもない。いや、それすらも違和感があるのだけれど。時折聞くことがある前述のセリフは、取引先に対して使われるのだ。なんというか、その人の人間性を疑いたくなる、と思ったものだ。

今でも、この台詞に対する違和感は消えない。だいたい、仕入れ業者にしても販売代理店にしても、彼ら無くしてはビジネスは成り立たないのだ。お互いに、利己的であったとしても協力し合うことで成立しているネットワーク。ひとつのピースが欠けるだけで、あっという間に他の人達が困るわけだ。お互いに利益を分配して、いい関係で居られるほうが良いと思うのだ。この辺りのことをそのまま上司に喋ってしまうのだから、ぼくはつくづく務め人が下手くそなんだろうな。

ただ、最近はちょっとだけ思考が変わりつつある。発話者は、おそらく無自覚に「させる」という表現を使っているのだ。ちょっと相談してみます。お願いしてみます。そういう態度で望めば良いのだろうけれど、使役動詞を使用するのは、その業界の文化なのだ。営業部では、そのくらいの要望を通せないでどうする、といった風潮もある。説得するのが仕事だという認識もあるくらいなのだ。

この文化で過ごしているうちに、説得して思い通りに人を動かすことが通常化する。そして、違和感なく使役動詞をもった会話を繰り広げてしまうのだろう。これは、文化や構造の課題だと捉えたほうが良いのではないかと思うようになった。

合意する。というのは、なかなか素直に信じられない言葉のひとつになっているのかもしれない。確かに合意はしたのかもしれないけれど、それはどちらか一方が譲歩したのかもしれない。互いに良い着地点を探して見出したのかもしれない。どちらも合意という言葉が使われていて、その区別は無い。もし、前者なのであればアウフヘーベンのような、新たな発想にたどり着くのは難しいだろうな。

お互いに譲れない部分があったとして、両立させるためには現在のアイデアでは成り立たないとする。その場合に、説き伏せるのではなくて、両立可能な新たなアイデアを模索するという姿勢が必要なのだ。ホントはね。ただ、そのコストが高いとか、コストを受容できないとかだと前者に傾倒しやすいのだろう。

新型コロナウイルスによる経済の停滞から、少しずつだけれど立ち直ろうとしている。また、以前のように旅行者が戻り始めているのは、業界にとっても良いことだ。旅行代理店も活発にプランを発信し始めている。うちの店にすら問い合わせや予約があるくらいだ。

基本的にFAXで予約依頼がある。ホームページにも予約フォームがあるのだが、この時代にFAXというのも驚きだ。でもまぁ、飲食店の中にはFAXでしか対応できないところもあるのだろう。それはいい。問題は記載されている内容なのだ。

まず、文言の意味がわからない。よくわからないアルファベットが並んでいる。その横には○人と書かれているのだから、人を表すのだろうとは想像着くのだけれど、全く意味がわからない。芸能人がネタとしてアルファベット頭文字の略語を作って笑いを誘うことがあるが、ビジネスではそんなものはいらない。謎解きゲームをやるような気分にもならない。で、それが業界用語で一般的に使用されているのならば、まだ良い。それを学ぶだけのことだ。しかし、それは社内用語であることがほとんどなのである。正直に言おう「知らんがな」だ。

先日も、旅行会社のツアーで来店があった。お客様に対して、「お店の人にやらせます」と言っている添乗員の声が遠くから聞こえる。食事の際に水を出しておかないのは、高級店ではないからだということも言われた。さすがに言いすぎだろうと思って、直接添乗員と会話をしてみると、本人には全く悪気がない。そういうものだと信じている。

ちなみに、一般的に高級志向の店ほどドリンクのオーダーを受けるまで水は提供しない。注文が欲しいという欲が皆無な訳では無いが、どちらかというと失礼だからだ。料亭やレストランの多くは、日本酒やワインとともに楽しむことを前提として発達してきた料理様式。だから、それらを楽しみたい人に対して先に水を出してしまうと「興ざめ」してしまう。ソフトドリンクだとしても、その内容に合わせて多少なりとも味付けをコントロールするのが我々料理人なのだ。総合的に楽しんでもらう空間である。

閑話休題。そもそも、業界の中には「使役」の概念が定着しているのだろう。本来は、どちらかが強いのでも弱いのでもなく、お客様に楽しんでもらうための演出をするパートナー事業者なのだ。どのようにしたら、そのツアーをより良いものに出来るのか、これについて一緒に考え行動すること。そういう協力関係である。

きっと、これまでのビジネスヒストリーの中で、いつの間にか強弱や使役といった観念が生まれ、それが定着し、運用されてきたのだろう。

この観念は少々やっかいだ。なにせ、当事者に自覚がないのだ。そして、相対する業者も言わない。同じ観念に取り込まれているか、気がついている人が居ても、面倒だもの。

今日も読んでくれてありがとうございます。実は、この使役という観念が経営や組織運営にも置き換えられると思うのだ。現代ではかなり減っているものの、それでも「従業員を使う」といった表現がしっかりと存在している。たかが言葉。なのだけれど、言葉は意識に影響してしまうからね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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