今日のエッセイ-たろう

レシピという情報が持つ、2つの役割。 2025年5月26日

レシピというのは、言い換えると「食べる工夫」の情報だ。食べたい料理を作るための設計図という側面もあるけれど、それは一側面でしかない。現代では設計図としての扱いが中心に取り上げられることが多いけれど、食材をどう使えばいいかを例示した情報として使うのが良い。

例えば、今まで知らなかった伝統食品を見かけたとき、それを使ったら何が作れるのか、どんな使い方の工夫ができるのか、活用のコツはあるのか、といった情報が必要になる。全くわからない場合は、そもそも買いたいとも思わないかもしれない。実は、メチャクチャ便利で使い勝手が良く、短時間で美味しい料理を作れる調味料なのに、使い方を知らないばっかりに見逃してしまう。というのは、ちょっともったいない。発酵デパートメントが提供してきたレシピは、そういう位置づけなのだ。

取扱説明書や使用事例は、モノの使い方の幅を広げてくれる。それは、食材に限った話ではなくて、大抵のモノで言えることだろうと思うのだ。

あまり知られていないけれど、港へ行くと魚介類が二束三文で取引されたり、海に投げ捨てられたりしていることがある。もったいないと思うのだが、市場に流通させたところで売れないのだ。売れたとしても、その価格が安すぎるとかえって流通コストのほうが高く付くこともある。だったら、海に戻したほうが良いという判断。その場合、生きている魚ばかりではないというのも残念な気持ちにさせられる。

よくよく考えてみると、かつて漁村で取れた魚はほとんど食べられていたはずだ。近世以前の貧しい地域で、この魚はおいしくないからとか、お金にならないからと言って打ち捨てていたとは考えにくい。旨いかどうかよりも前に、どうにかして食べる工夫を考えたのじゃないだろうか。臭みの強い魚は燻してみたり、硬い魚は煮干しにしてみたり、小魚は叩いてツミレにしてみたり、香草なんかも使ったかもしれない。毒のある魚を食べられるようにしたのも、もしかしたら工夫の延長上に確立した技術かもしれない。

いつのまにか、評判の良いものしか取り扱わなくなってしまったんだろうな。鯛とかヒラメが旨い。これなら高値で買ってくれるし、こっちの町でだめならあっちへ行けば売れ残ることはない。平たく言えば、需要がある魚が売れるわけだから、それだけを選択してビジネスを効率化していく。となると、効率が悪いものは排除されていく。ビジネス視点では実に素晴らしいことである。

だけど、その分だけ「食べられないと思い込んでいる食材」が増えたよね。特定の地域とか世代に限っていえばそんなことはないのかもしれないけれど、社会全体をざっくり見ると食材の種類は減ったのじゃないだろうか。

スーパーマーケットの鮮魚コーナーへ行くと、マグロ、カツオ、サーモン、ブリ、タイ、ヒラメ、カンパチなどとお馴染みの魚が並んでいる。が、チヌとかカワハギとかは滅多にお目にかかれない。全てとは言わないが、そういう店が増えた気がする。名前は知っていても、どうやって食べたら良いかわからない。わからなければ買わない。というサイクルである。

魚介に関しては、そもそも調理が面倒だと思われていたりするので、売れなくなった理由はひとつではない。けれども、やっぱり「知らない」というのは、購買に繋がらないのだと思う。些細なことだけれど、積もり積もれば、漁港で魚が捨てられることにつながっていく。

じゃあ、獲らなければいいじゃないか。という声もあるらしいのだけれど、そんなわけにはいかない。網猟なら勝手に入ってしまうわけだし、釣りにしたって釣り上げてみるまで何がかかるかわからない。偶然の出会いでしかないわけだ。で、偶然であってしまったら、覚悟してそれを大事にするしか無い。リリースできないのであれば、せめて命を無駄にしないようにきちんと食べる。食べる以外の結着もありそうだが、とにかく最後まで付き合う。そういう覚悟。

かつて、下北半島は食のデパートメントと言われていたことがあって、飢饉があっても森へ入れば飢えることはないとされていた。それほど森の食料は豊かだったのだ。しかし、現代人が飢饉になったときに森へ逃げ込んだらどうだろう。本当はとても食料が豊かなはずなのに、食べられないと思い込んでいる食材ばかりで困り果ててしまうかもしれない。

食べるっていうことは、そういうことなんだ。そのための知恵としてのレシピ。自然と調和して生きていくための知恵でもある。

父のレシピメモも、ぼくのも、そういうのが多い。野菜の皮とか、ちょっとめずらしい魚とか、その骨とかの活用アイデアがあちこちにある。何を作りたいかだけじゃなくて、あるものをギリギリまで使い切る知恵が詰め込まれている。調理場にいると思うんだ。生ゴミの何割かは、ホントはゴミじゃなくて食べられないと勝手に思い込んでいるだけの食材なんだろうなって。

今日も読んでいただきありがとうございます。レシピ集やレシピサイト、それから生成AIによるレシピ提案。ぼくが企画するなら、圧倒的に取扱説明書を中心に構成する。そのほうが無駄が少ない気がするからね。それに、今のところこの思想でレシピを見せようっていう人が少ないからね。レシピ本としては売れないのかな。どうなんだろう。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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