今日のエッセイ-たろう

味噌汁考。 2023年3月5日

日本人にとって、最も長い間、最も多く食べられてきた料理は味噌汁なのではないかと思う。たべものラジオのファーストシリーズの話を持ち出して恐縮だけれど、改めてそう思うのである。しかも、ご飯すら凌ぐかもしれない。

日本人にとって、食の主役は米である。どこをどうひっくり返して、うがった思考方法を持ち込んだとしても、こればかりは揺るがないだろう。どこからどこまでを日本人と定義するかという、ややこしい定義は横においておいて欲しい。ぼくらがなんとなくぼんやりと想像している歴代の日本人にとっての主役である。

ただ、日常の食事となると米以外の穀物が主食の役割を担っていたことも間違いない事実だ。ヒエやアワ、麦に蕎麦といったものもあるし、時代が下ってからはイモ類も登場する。はるか古代に遡れば、漿果類が食べられていた時代もある。

食材としての米だけを考えれば、その加工品も含まれる。米の消費量は歴代一位になる食材かもしれない。ただ、ご飯に限ってしまえば、もしかしたら「数」という意味においては、その座が少々怪しくなるのかもしれない。この際それが蒸したものか湯取りなのか、はたまた姫飯なのかは問わないことにしよう。まったく、たべものラジオで細かく解説してしまったがために、補足情報が多くなって面倒なことだ。

さて、歴史上、社会の上流に位置していた人たちは主にご飯を食べていたと考えられている。一方で、いわゆる庶民は必ずしもそうではなかった。米の飯ではなく、他の穀物を食べていた可能性が高い。そういう時代が存在している。米の飯だとしても、糅飯のように何かしらの雑穀などを混ぜて炊いたものだったと記録にもある。

人口×時間×食数で考えると、もしかしたら想像しているよりも米の飯の杯数は伸びないのかもしれない。という妄想をすることもある。まぁ、フェルミ推定でも何でも駆使すれば概略は見えるのだろうけれど、面倒なので割愛する。

味噌汁が一般的に食べられるようになったのは、鎌倉時代頃からだろうと考えられている。ご飯の登場に比べると、数百年の出遅れは否めない。けれども、ほぼ確実に毎食の食卓に並んでいただろうことは、少ない文献からも想像出来る。特に、庶民。農村部であっても都市部であっても、庶民は必ずと言っていいほどの高確率で味噌汁を食べていた。

現代人が感じている味噌汁の認識は、どうも脇役の感が否めない。例えば、ご飯と味噌汁と漬物という質素な食事があるとする。これを見て、どう思うだろう。おかずが少ない。おかずが漬物しか無い。といった感想を持つ人が多いのじゃないだろうか。つまり、ご飯が主軸にあったとして、花形は副菜で味噌汁は名脇役のような位置づけだと感じている。それも、半ば無意識にである。

ところが、それは本来の味噌汁の姿とは異なっているのではないか。味噌汁そのものが、ずいぶんと立派でごちそうだった。むしろ漬物のほうが添え物だったのかもしれない。

よくよく考えれば、一般庶民が昆布や鰹節を出汁として常用出来るようになったのは、江戸期に入ってからのことだ。それも、江戸や京大阪などの都市部のことで、地方の農村部などでは日常に用いられたかどうか怪しいものだ。あくまでも想像ではあるけれど、現代人が常用しなくてはいけないと考えているよりも、合わせ出汁は使用されていなかったように思う。

だとすると、だ。味噌汁を美味しく食べるためには、他のものから出汁を取る必要がある。いや、出汁を取るという感覚ではなかっただろう。沢山の食材を入れて煮る。それだけで十分に食材の旨味が溶け出してくる。大根や人参やゴボウや椎茸なんかを、鍋に放り込んで囲炉裏にでもかけておけば良い。それだけで、とても美味しいスープになるだろう。このスープに味噌で味をつけて食べるのが味噌汁だ。

味噌で味をつけるのは、それが当たり前だからだ。醤油が登場する以前は味噌が主流だったということもある。醤油が大量生産されたとしても、銭で購入しなければならない醤油と自宅で作るのが当たり前の味噌を比べれば、味噌の使用頻度の方が高いはずだと思っている。

現代風の解釈をすれば、具沢山の味噌鍋だ。それが味噌汁の本来の姿。この具沢山の味噌汁とご飯があれば、十分に美味しくて豊かな食事だっただろう。想像しただけでもうまそうじゃないか。一汁一菜は、文字だけを見れば質素のように見えるかもしれない。だけど、器の中を覗き込めば、そこにはうまそうな小宇宙が広がっているのだ。

ということで、日本人にとって味噌汁というのは、想像以上に豊かで重要な食文化を作ってきたのではないか、という考察である。

今日も読んでくれてありがとうございます。最近「正しい味噌汁」とか「出汁が決め手」みたいな言葉が気になってしょうがないんだ。味噌汁に正しいも間違いもないし、合わせ出汁なんか必要ない。確かに、料亭で提供される日本料理の伝統は、出汁文化そのものではある。けれど、それは商売として安定した美味しさを作り出すための技術という側面も持っているものだ。素材そのものを煮るだけで美味しく食べられる。それこそが、世界中に存在する汁物の本質だし、料理の原点なのだろう。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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