今日のエッセイ-たろう

掃除をすると、ちょっと世界が好きになる。 2024年6月21日

幼稚園の奉仕活動に参加してきた。年に数回、お父さんお母さんが集まって幼稚園の大掃除をするんだ。園庭の周りの雑草を抜いて、網戸を外して洗って、窓や壁などみんなであちこちを掃除する。幼稚園が休みの土日に実施されるから、飲食店としてはなかなかハードなスケジュールになってしまうのだけれど、1時間程度のことなのでなんとなかっている。

大掃除をすると、いろんな発見があって面白い。よく見たら、網戸もちょっと特別仕様になっている。腰から下のあたりには縦にいくつかの格子がつけられていて、子どもたちがぶつかっても突き破りにくいようになっている。上のレールにはめるところには、簡単に外れないようなロック機構がついている。外して持ち上げてみると、たわみも少なくて我が家の網戸よりも丈夫そうだ。などなど、細かな気配りがされているんだな、なんてことを思うわけだ。

掃除とか道具の手入れは、とても大切だと言われる。特に、職人気質の業界では一番最初に指導されるし、これが出来ないやつはどれだけ技術があっても半人前だと言われる。ぼくらの業界なら、包丁やまな板は、頻繁に手入れをする。使ったらすぐに洗う。どうせ10分後に使うからといっても洗う。10分後は「すぐ」とは言わないのだ。

アタリマエのこと。でも、これに気がつけない人も一定数いるらしい。汚れやサビは、10分程度で固着してしまうことがある。即座に洗うのならば数秒できれいになるのに、「あとでまとめて」の精神でいると、洗うときの工数が増える。手入れの手間も増える。包丁を研ぐにしても、元通りにきれいになって、元通りに切れ味が回復するのに手間と時間がかかるのだ。研ぎの手間が増えるということは、包丁の減りも早いし、砥石の減りも早い。同程度のクオリティを担保するという条件なら、トータルの手間と時間は「こまめに手入れする」ほうが少ない。一般的に、同じ作業は分断せぜずにまとめて行ったほうが効率が良いとされているけれど、そうではないケースもあるんだね。

こういうことも、道具に対して向き合う時間があるからだろうな。冒頭の大掃除と似ている。包丁を研ぐ時間は、ぼーっと考え事をしていたり、ポッドキャストを聞いていたり、誰かと話をしていたりすることもある。だけど、意識は常に包丁と砥石に向かっている。わずかな刃先の乱れ、しのぎの歪み、砥石とこすり合わせる力加減や角度。そのうちに、砥石の方も歪んでくるから、それも修正しながら研いでいく。

研いだばかりの包丁はピカピカだ。だからこそ、ほんの数分置いておくだけで薄っすらと茶色くなっていることに気がつくことが出来る。輝きが鈍るのだ。差分が大きいこともあるし、そこに意識があるからということもあるだろう。これが、じっくりゆっくり進行していくときには、なかなか違いを明確に感じにくいかもしれない。手入れや掃除は、普段意識しないところに意識を向けて、しっかりと向き合う時間なのだろうな。

観察によって解像度が上がる。という感覚もあるのだけれど、同時に体が延長した感覚もある。延長された表現型に似ているのかな。ツバメは、あの飛び回っている個体がツバメなのだけれど、ツバメの巣も含めてツバメという鳥の特徴。川をせき止めてダムを作るのはビーバーは、ダムと住まいも含めてビーバー。幼稚園の建物も、それを構成するパーツも、もちろんそこで働く人たちも、それを支える奉仕活動をする人たちも、みんな合わせて幼稚園という生態系を形成している。そう思えてきて、なんだかとてもありがたい気持ちになっている。

感覚的なものだから、言語化が難しいな。

今日も読んでいただきありがとうございます。料理を作るのも、掃除をするのも、麹を育てるのも、畑の手入れをするのも。なにかしらの成果を獲得するための行動なんだけど、向き合う行為でもあるんだろうな。向き合うと、ちょっと愛おしくなって、世界がちょっとあたたかくなる。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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