今日のエッセイ-たろう

日常を観光する。2022年12月15日

「このあたりは何もない」という一言に、違和感を覚える。「何もない場所なんて無いよ」というと、なんだか口先だけの良いことを聞いたような感覚になるらしいのだけど、大真面目にそう感じているんだよね。

尊敬する地域の先輩がね。もうずっと長いこと観光事業に携わっている。農家なんだけど、ずっと観光。今でこそ観光農家という言葉が定着しているし、ファームトリップなんてことも言われている。けれど、彼が「農業×観光」の活動を始めたのは、30年以上も前のこと。その頃は、農業と観光の組み合わせを実践している人はごく少数だった。

そのきっかけとなったのが「このあたりは何もない」という、一言だったそうだ。

「山も木々も畑もある。何もないとはなんという言い草だ」

そうした反骨心があって、今でも活動の支えになっている。

観光というと、史跡や名所などがぱっと思い浮かぶ。京都や奈良など、古い寺院が立ち並ぶ土地へ足を運べば、やはりお寺を訪れたくなる。巨大な建造物や、彫刻、長い年月の間に積み重なった歴史の重さ、それらが五感に直接飛び込んでくる。それも旅、観光のいち側面だ。

古い寺や資料館を訪れたときに感じるものは他にもある。それは生活の匂い。個人の嗜好なのかもしれないけれど、これもまた面白いと思のだ。

丁寧に復元されて資料館に並べられている器は、誰かの手に触れられて、口に運ばれた実物。その誰かさんの名前は残っていないけれど、確実に誰かが使っていたのだ。周りの景色を眺めても、当時の風景を見ることは出来ない。けれど、割れてしまった古い器を通してみれば、ぼんやりとその時代の風景が見えてくる気がする。想像力の起動装置のようなものだろうか。

こうした歴史観光の場合、多くはそれに関する知識が必要になる。予め全てを知っている必要はないけれど、時代背景などの基礎知識が必要。教養と言い換えても良い。教養があることで、目の前の事物を面白がることが出来る。教養というのは、世界を面白がるためにある。と言ってしまったら言いすぎだろうか。少なくとも、身の回りにあるいろんなモノコトを感じるときには、その解像度を高めてくれる作用があると思っている。だから、面白さが増すのだろう。

現在を観光する。これを、先程の文脈でやってみると面白い。なにか特別な場所やイベントに出くわす必要など無いのだ。なにせ、一般人の食器が鑑賞の対象になるくらいだ。どこか知らない土地に行って、そこで現在使われている茶碗でも眺めてみたら良い。もちろん、実際にそんなことをしたら変な奴だと思われるだろうから、やらない。茶碗を使っている人の日常生活に興味を持って、想像してみて、触れてみる。そういうことも観光になる。

もうずいぶんと前のことだけれど、毎週のように京都の街をブラブラと歩いていた時期がある。新大阪駅の近くに住んでいたので、1時間もかからずに河原町あたりに行くことが出来たのだ。最初のうちは、円山公園や銀閣寺などを巡っていた。京都に着いてからは、交通機関はほとんど使うことがなくて徒歩である。まだ、スマホが常識になる前のことだから、手探りで歩くしかない。地図を購入すればよいのだけれど、たいていは街角にある看板を頼りにしていた。

さまようようにして歩きまわるものだから、当然ながら裏通りに迷い込んでしまうこともある。

裏通り。表に対して裏ということなのだろうけれど、そこに住む人達にとっては裏通りこそがメインの道路である。改めて言葉にするまでもなく当たり前のことなのだけれど、つい思考から外れてしまいがちだ。そうしたことを、体感するにはよい機会だった。

人様の住宅なので、あまり覗き込んでいたら失礼だと思うのだけれど、その空間はぼくにとって最高の観光地だった。数百年とはいかなくても、数十年のあいだ家族の生活を支えてきた家屋や庭。隣接する山と共存してきた生活。その地域ならではの独自の習慣もあるだろう。

ある夏の日、老女が声をかけてきた。道路脇に小さな腰掛けを設えて、そこにちょこんと座りうちわを使っている。ぼくは、その向かい側の建物を眺めていたのだ。そこは観光施設でもないけれど、おそらくは江戸期に建てられたであろう風情ある大きな住宅だった。

「そこは、○○大学の学生たちが寮として使っていたんだよ。今は、研修なんかで使っているらしい」

そのようなことを教えてくれた。振り返ると、彼女が座っている場所からは細い通路が奥の方に伸びている。尋ねてみると、その通路の奥に住宅があるのだそうだ。寄っていくかと言われて、遠慮なく中を見せてもらった。数十年暮らしてきた生活の場。そこには、彼女と彼女の家族の生活の記憶が堆積している。

彼女の思い出とともにある玄関や土間のはなし。解説型の観光ガイドでは決して感じられないのは、その生活の匂いだ。玄関の作りや土間の機能も面白いかもしれないが、そこに息づいている生活臭はガイドには語ることが出来ない。いろいろと質問をさせてもらって、おやつまでご馳走になってその場を辞した。

基礎知識がなくとも、現代のことであれば直接触れることで、その背景までも感じることが出来る。今目の前に広がる景色や品物が、ただそこにあること。そこにたどり着くまでの物語は、誰かと誰かの生活なのだ。

少しだけ視点を変えてみると、身の回りの物事がとっても面白くなる。

今日も読んでくれてありがとうございます。美術館の学芸員って、視点の提供をしているんだろうなあ。誰もが知っているような有名な絵だって、違った文脈で鑑賞するのも面白いよって。もしかしたら、たべものラジオって、似たような効果があったりするのかしら。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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