今日のエッセイ-たろう

日常生活から水辺が遠ざかった町。 2023年12月9日

母校の近くには川が流れている。川といっても、石投げが出来るような河原はない。深く切り立った壁のはるか下を水が流れを作っている。今は逆川(さかがわ)と言うけれど、元々は懸川といって、町の名前の由来となった川。

昭和の一時期は、土手の全てがコンクリートになることもあったのだけれど、今は土と植物の匂いがする。橋の上から覗き込むと、時々鯉の姿を見つけることが出来る。元々、掛川城の堀として機能していたのだから、川遊びができるような環境でもなく、身近だけれど少し遠い存在だ。

そう言えば、地元の小川ではいろんな川遊びをしていた。笹の葉や折り紙で小さな舟を作っては追いかけた。池から流れ出す源流にまで遡って浮かべた舟が、やがては逆川に合流するまで併走した。岩に引っかかれば、木の棒を持って手を伸ばして救い出す。サワガニやアメンボ、小魚は迷惑だっただろう。

舟を追いかけていくうちに、最初は草に覆われ梢の下を流れていた川も、やがて両岸はコンクリートの壁になり、その壁も高く切り立ったものになっていく。町に近づくほどに、川は遠く離れていくような気がしたのを覚えている。

今では、そのほとんどが道の下である。ザリガニやオタマジャクシを捕まえた田んぼは埋め立てられて住宅になった。田んぼに水を送り込んでいた用水路は、生活用水の排水路となって地中に埋められている。当たり前の日常生活から、水が消えた。いや、水はあるのだけれど、水とそこに住んでいる生き物たちが遠ざかった。

ぼくらが生まれるずっと前の時代。農村の何処かには水車があって、米をついたり粉にしたりという仕事を行っていた。水田や小川で取れる魚は、貴重な食料だった。水田漁業という言葉があるが、淡水魚やサワガニなどが食卓にのぼるのは、日本中のアチコチでみられた光景らしい。

時々、すっぽんが捕れたので買ってほしいという電話がかかってくることがある。残念ながら、食の安全性を担保するためには簡単に買うわけにもいかない。その川がどんな環境なのかわからないのだ。そもそも漁業権みたいなものもあるだろうし、インボイス制度の問題もあって、より難しくなっている。

もしかしたら、すっぽん料理は今よりもずっと身近だったかも知れない。鯉も鮒もナマズも。それからウナギも穴子も。もっともっと身近な水産業だった。それは、常に生活の中に川や池や田んぼがあって、そこは淡水漁業が営まれていただろうから。

身近だったはずの水と水生生物が見えなくなった。ぼくらは、見えなくなってしまうと現実味を失うのだ。ゴミが大量投棄されている風景を僕らは知らない。海の中の風景も知らない。山の中のそれも同じだ。写真や映像で見ることはあるだろうし、知識としては知っているかも知れない。けれども、そのどれもが、どこか現実から遠いような気がしてしまう。

土地面積を広くして、有効活用しているような気になっているけれど、もしかしたらすごく損をしているかも知れない。多様な生態系を認知するチャンスを手放しているようにも見えるからだ。都会に住んでいた頃を思い出してみると、その風景には川がない。あったとしても大きな河川だけだ。ぼくらが川遊びをしたような川にはもう出会えない。

今日も読んでくれてありがとうございます。これまで、社会は自然との距離を置くような形で作り込まれてきたのかな。どうなんだろう。いま、都会に土を取り戻そうという動きが世界中で活発になっているのだけれど、川を取り戻すのは難しいのだろうか。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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