今日のエッセイ-たろう

日本の食文化の思考パターン 2025年1月6日

和食とはなにか。これは、既にユネスコ文化遺産に登録されたときに、偉大な研究者たちによって言語化されている。たしかにそのような特徴を持っていると思う。ただ、日本における食文化の構造や、その変遷については言及されていないように感じていて、そこはちょっと物足りないとも思っている。

例えば、人物の特徴を挙げるとして「背が高くて、足が早くて、ちょっとおっちょこちょいだけど、面倒見が良い」とかなんとか言ったとする。それって、外見や行動の特徴なんだよね。一般的にそれで良いはずなのだけど、ぼくはその人の思考パターンとか、その背景なんかが気になってしまうんだ。どんなことを経験したり学んだりしながら、成長してきたのか。みたいなこと。

日本の食文化も、ずっとずっと長い時間をかけて変化してきたわけだ。で、そこには矛盾もありつつも、一定のパターンがあるような気がしている。他の文化圏でも見られるけれど、特に顕著な部分があるのじゃないか。勝手にそうだと仮定して考えているから、恣意的に傾向を捏造してしまいそうだ。少しばかり自分自身のバイアスに警戒しながらも、なんとか色々と思索をしている。

日本の食文化の根底には「憧れ」がある。尊敬して、憧れて、だから自分でもやってみたい。真似をしたい。

これが、現時点におけるぼくなりの解だ。

日本列島の西側には、もうどうしようもないほどに圧倒的な先進国があった。文明も文化も、なにもかもが圧倒的。だから、嫉妬するにも至らないし、打倒する気にもならない。むろん中華文明のことだ。歴史上、何度か打倒しようとしたり、オリジナリティを出そうとしたこともあったけれど、それは特異点でしか無いだろう。日本におけるオリジナリティは、自らの意思で生み出したものではなくて、真似しようとしたのだけれど諸処の理由によって別物になってしまったというものが多いのだと思っている。

憧れているから真似したい。それは、国という大きな単位だけじゃなくて、もっともっと身近なところでも起きている。「風流でえぇなぁ」「わぁ、おしゃれ~」「いやぁ、粋だねぇ」そういう感情の発露として、真似をしてみる。真似したいんだ。

今でも人気有名人のヘアスタイルやファッションが流行することがあるし、その持ち物が売れるということもある。他の文化圏でもあるらしいから、これはホモ・サピエンスの特徴に含まれるのだろうか。それにしたって、日本はちょっと偏重傾向にあると思う。時々、「それって制服なの?」と聞きたくなる集団に出会うこともある。まぁ、平成時代も昭和時代も、ロン毛のサーファーもどきだったり、おかっぱ頭だったり、ミニスカートだったり、と大ブームは枚挙にいとまがない。

でね。シンプルに真似をすることが出来たら良いんだけど、それが出来ない。ファッションだったら、体系も顔も違うわけだし、場合によってはアイテムが高価で手が届かないかもしれない。だから、似たようなものでなんとか工夫してカバーしていく。そういう努力をするんだよね。

食文化だったら、気候や土壌が違うとか、元々の社会文化が違うとか、そういった諸々の理由で完全コピーは出来ない。ということになる。で、ここからが日本人気質を発揮するところ。もちろん妥協なんかしないわけだけれど、その方向性がちょっと変。頑張ってオリジナルに近づけるとか、オリジナルを作り出すとか、もちろんオリジナルを奪うなんてことはあまりしない。いや、買おうとするんだけど、それが続かないのかもしれない。とにかく、手元にある材料の範囲内でクオリティを上げようとする。その結果、オリジナルとは少々違うものになるかもしれないけれど、それでも満足の行くレベルにしようといろいろ工夫を繰り返す。

欧州では、砂糖やお茶が欲しくて地中海貿易をしていたわけだよね。イスラム商人を経由して、東方の珍しい食材を購入し続けた。これが遠因となって、やがて海洋進出をすることになり大航海時代へとつながる。だけど、似たような状況の中にあったら、日本人はどうしただろうね。

砂糖の開発を進める一方で、一生懸命酒を甘くすることを研究して、水飴を生み出し、みりんまで生み出したんだ。幸いお茶は生産出来たけれど、もし同じ発想でヨーロッパにいたら、茶葉以外の植物でお茶を作ることに一生懸命になったかもしれない。

なんというか、自前主義のところがあるんだな。四方を海に囲まれていて、行き来が大変だったからなのかもしれない。そもそも、ジワジワとした変化は陸続きであることが必要なのかもね。海洋貿易っていうのは、ジワジワではなくてドカンとした変化。歴史的には、そういうものなのだろう。

松尾芭蕉の奥の細道は、西行法師の500回忌だったとか。憧れの西行法師が和歌を残した場所を訪れたら、私だったら何を感じるだろうか。足跡を巡って、自分の感情を味わうとでも言うのかな。奥の細道に限らないけれど、西行法師と松尾芭蕉の歌碑が並んで建てられている場所があちこちにあるのは、そういうことなんだろうな。

あこがれの人に心理的に近づくために、自分自身の気質に目を向ける。そんなふうに見える。

ナレズシが様々な変遷を経て握り寿司になる。というのも、その時々の社会の気質を反映ししているのだろう。憧れているものを自分の中に取り込んで、自分なりの解釈で再生産する。短歌が俳句になったように、フォーマットすら変えながら。文楽で演じられていた仮名手本忠臣蔵は年末の大河ドラマになったし、源氏物語は漫画になった。

何度も何度もこすり倒して、徐々に変化していく。

このムーブメントそのものが、日本文化なのじゃないかと思えてきた。

だとするならば、二番煎じバンザイなのだ。必ずしもフロンティアである必要はない。

そういえば、高畑勲の「火垂るの墓」を、自分なりに表現し直したのが宮崎駿の「風立ちぬ」だと聞いたことがある。清太は、別の生き方も出来たはずなのに、それでも節子の情念に寄り添う生き方を選んだ。二郎もまた、自分の生き方を貫いた。合理性を無視してまで、生涯を生ききった男の物語。ぱっと見ただけではわからないほどに違う作品なのだけれど、表現したいモノが同じ。これを二番煎じと言い切ってしまうと叱られるかもしれないけれど、芭蕉が西行をなぞったことと通じているように思える。

今日も読んでいただきありがとうございます。ずっと同じ料理を作っているようでいて、ちょっとずつちょっとずつ変わっていく。親方の料理を模倣しているようでいて、それを自分なりに再解釈していく。どこの文化圏にもあることだけれど、ことさらにその傾向が強いように見えるんだよなぁ。

あ、そうそう。

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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