今日のエッセイ-たろう

桜を愛でることと、思いを馳せること。誰かに心を寄り添わせるということ。 2023年3月31日

庭の桜が満開だ。一斉に咲き誇るその姿は、ずっとずっと日本人の心を捉えている。日本人にとっての桜は、少し特別なもののように感じられるのはなぜだろう。

桜そのものが美しい。それは間違いない。桃や梅と同じ様に、一本の木が華やかに彩られている様は荘厳ささえ感じるし、それが何本も立ち並べばその華麗さは数倍になる。満開の桜というのは、わびさびとは無縁のようにみえるけれど、その後にやってくる散り際は侘びの世界観でもあるのだろう。

満開の姿も美しいし、散り際も美しい。2つの異なった美しさが織りなす世界が心を捉えるのかもしれない。

感覚で捉える美しさを言語化するのは、少々無粋な気もするのだけれど、それもまた楽しみ方の一つと思えば良いかもしれない。

桜は、記憶を引き出す装置のようなところもある。日本では、暦通りの一年だけでなく、4月から始まる年度がある。小学生も中学生も高校生も、みんな出会いと別れの季節には桜が寄り添っている。終わりと始まりの季節だと言い換えても良い。

美しい桜と、ほどよく暖かな気候。そんな中で、見知らぬ人達と出会う。桜が散って葉桜になる頃に、見知らぬ人たちが友人になっていく。何度かの桜の季節を越えて、また桜の下で分かれる。別ではなく分という字を使ったのは、それまで一緒だった道からそれぞれの道へと分かれていくという感覚があるからだ。道を分かれたとしても、それが今生の別れではなく、友人のままである。ということを、どうやら桜に象徴されているのかもしれない。

景色や匂いや音は、ぼくらの記憶と直接結びついている。同じか似たようなそれらに再会すると、記憶の底から懐かしい景色が立ち上ってくる。そして、その頃の感情を味わうことになるのだ。過去の感情が湧き上がってくるのだけれど、どこか冷めたような、俯瞰してみているようなところもある。当事者ではなく、自らを傍観しているような感覚。

それなりに歳を重ねると、呼び起こされる記憶が多くなってくる。40回ほどの桜に関わる記憶が重なり合う。一つ一つのディテールを思い出すことも出来るだろうけれど、桜を愛でている時にはそんなことはしないだろう。いくつもの思い出が重なったところに、湧き上がる言語化出来ないような感情がある。それは、シングルオリジンのようなシンプルな味わいではなく、複雑な奥行きのある味わい。

もしかしたら、ぼくらは桜を通してそういった感情を味わっているのかもしれない。

平安時代のはじめころまでは、花といえば梅だったらしい。菅原道真にまつわる飛梅伝説などがわかり易い例だろう。100年後には、梅よりも桜を和歌に編むことのほうが多くなっているのだから、どうやらこの間に桜に宗旨変えしたのだろうということがわかる。

なぜかはわからない。ただ単純にブームだったと言うだけのことかもしれない。

日本の文学や絵などのアートは、どれもこれも一つの美意識に向かっているらしい。そのようなことを松尾芭蕉が日記文学の中に書き残している。千利休は茶の湯、西行は和歌と、別々の道を進んでいるのだけれど、その行きつく先には同じものがあって、自分もそこにたどり着くのだという芭蕉のはなし。旅を通して、自然に触れて描き出すものは、自然を愛でるという美の世界。

奥の細道は、西行の没後500年だったことから、西行の足跡をたどる旅の記録だという。記録というのは正確ではないかもしれない。旅から帰って来てから、数年の時間をかけて編み上げた文学作品だから。とにかく、尊敬する西行の足跡をたどることが芭蕉にとって大切なことだったのだ。

前人未到の何かを成し遂げたり、だれも知らないところへとたどり着く。それも楽しみの一つだろうけれど、先人の足跡を辿って、景色などをきっかけにして思いを馳せることも楽しみなのだろうと思い至る。芭蕉がそうであったように、ぼくらも自分自身の過去に思いを馳せる。

こうした行為が、ぼくらの文化では旅に対する向き合い方であったのかもしれない。そう言えば、観光旅行では史跡などを訪れることが多い傾向にあるという。アトラクションもアミューズメントもあるのだけれど、やはり史跡をたどることがとても多い。だから、日本の観光業は史跡に偏るのかもしれない。

旅行に行って、どこかの寺や遺跡に立ち寄ったときには、桜を愛でるように当時の人たちの記憶にアクセスしてみると良い。知らない誰かと繋がったような錯覚を味わうだけでも、それはそれで美しい人の営みだとおもうから。

今日も読んでくれてありがとうございます。思いを馳せることは、その人や事象に心を寄り添わせることなんだろうと思うんだ。理解することは出来ないけれど、理解しようとする姿勢ではある。それって、ぼくらにとって大切なことなんじゃないかな。生活の中に、そんな心の動きが沸き起こるようなデザインが組み込まれているとしたら、なんて素晴らしい文化なんだろうと思うよ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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