今日のエッセイ-たろう

水資源と環境保全について、いま思うこと。 2024年5月20日

課題があるからやめよう、というのは思考が短絡的だ。必要なこと、良いことをしようとするならば課題を解決する道を探ることが肝要だ。というのは、あちこちでよく聞く話。基本の基と言っても良いくらいだ。全く異論はないのだけれど、この考え方だけが常に正しいわけでもなさそうだ。

課題が解決しないことだってあるんだ、ってことは念頭に入れておかなくちゃいけないよね。事業を行うときに、課題を解決してから取り組む場合と、課題があるのはわかりながらもリスクを取って挑戦する場合がある。後者の場合は、まさに走りながら修正していくわけだ。どうだろう、走りながら修正していくというタイプのほうが多いのじゃないかな。もちろん、前者のスタンスでいたとしても、課題が完全に解決することなんてほとんどなくて、解決したと錯覚していただけかもしれない。そんなことはやってみなければわからないし、場合によっては新たな課題が浮上するのが数年後だったり数十年後だったりすることもある。

つまりは、事前に一生懸命課題解決を図ったとしても、走りながら修正していっても、結局は課題は存在することになる。だったら、グズグズしてないで行動に移すべきだ。というのが、一般的に聞く話かな。ただね。想定されるトラブルが「取り返しがつかない」ほど甚大になりうる可能性がある場合は、かなり慎重にならなくちゃいけないんだとは思う。例えば、森や海や川などの自然に大きな影響を及ぼすことが想定される場合。一つ間違えば、生態系を破壊しかねないとか、自然資源に依拠した産業や生活が崩壊しかねないとか。日本も近代化の時代に、あちこちで公害が発生したよね。当時は、そもそも課題を想定出来ていなかったのかもしれないけれど、少なくとも現代人はこのことを学んだのだから、同じ轍を踏まないように慎重になる必要がある。

教科書で習う公害は、煙と水が主だったものだった気がするな。人類は、古代からずっと水場の近くに集落を築いてきたわけでしょう。そうじゃない文明もあるけれど、やっぱり淡水が得られることがとても大事。川の水が汚染されたら、その流域の集落は途端に崩壊してしまうもの。古代メソポタミアなんかは、もちろん工業汚水が原因ではないけれど、開発の影響で塩害がひどくなっていったことはよく知られているよね。

最近、ヨーロパの食文化をいろいろと勉強していて、ふと気がついたのは水資源のこと。日本で生まれ育っているとあまり意識が向かないけど、水資源の確保が大変なんだよね。池や井戸、小規模河川もあるけれど、やっぱり大きな川ってかなり重要。西欧だったらライン川とドナウ川がわかりやすいか。あとはドゴルドーニュ川、ボー川、ロレーヌ川あたりかな。で、この川を上流へと遡っていくと、水源としてはアルプス造山帯。中世のフランク王国領は、アルプスに支えられていたと言っても良いくらいだ。とんでもなく巨大な山脈だからカバーできているものの、もしこれが水源としての機能を失ったらと思うと、恐ろしい。

そういえば、スイスにゴッタルドベーストンネルっていう世界最長のトンネルがあったよね。これは列車だけど、車両トンネルもあったはず。環境意識の高い(イメージの)スイスの人たちはどんな感覚なんだろう。特に問題ないのかな。トラックの交通量が増加したことが新しいトンネルを作る背景となったらしいから、アルプスの保護という意味ではトンネルを新しく開設したほうが良いよね、って判断したのかもしれない。

何かを引き換えにして、別のなにかを得る。と表現するのは極端かもしれないが、このバランスを取ることが大切なんだろうな。

さて、我が国の南アルプスはどうなのだろう。どんなリスクをとって、どんなものを得ようとしているのだろう。経済的な指標だけでなく、もっともっと広く考えたときに得られるものがあるのかな。リニア新幹線が開通したら、二酸化炭素排出量が減るとか、山脈の環境保全に貢献するとか。どうなんだろう。かつて、様々な新聞やネットメディア、動画などで「静岡県のわがままで開発を停滞させている」と言われてきたし、今でもその論調は続いている。最近になって、井戸水の水位低下が発覚したところ、こぞって掌返しなのが気になるのだが。

私達国民が差し出すリスクは、何を得るためのものなのか。大井川の水が減ると、ツナ缶が減って価格が上がるかもしれないし、製紙業も打撃を受ける可能性がある。そう、影響はは広いんだ。かつて、駿河湾の桜えびが激減したことがあったけど、富士川の上流域の水質問題が一因じゃないかと指摘されているくらい。直接生活用水として利用していない人たちにもいろんな影響が出るんだよね。だから、このリスクは「国民」が背負うことになる。もちろん水系領域に住む人達のリスクはもっと大きい。

個人的には「かなり慎重に考えるべき」と思っていたので、「わがまま」と言われるのは正直心外である。世界中の国々と比較したときに、日本が誇れる自然資源は「水」なのだ。水田稲作や、酒、和食文化はもちろん、様々な文化産業は水によって支えられてきた。もし、リスクが問題として顕在化した場合には、修正不可能か修正に途方もない時間とコストがかかる、ことがある。自然というのはそういうものなんじゃないかな。政治問題はさておき、いい機会だからもっと真剣にじっくりと水と向き合ってみるのはどうだろうか。

今日も読んでいただきありがとうございます。いま、県知事選の真っ只中なんだけどね。リニア新幹線開発に関して「賛成・反対」の二項対立になっちゃうのが怖いなと思ってさ。大井川水系の恵みで生活している当事者としては、そこが問題じゃないんだよね。水とそれを取り巻く自然環境が大切なの。そのおかげで暮らせているんだからさ。静岡のお茶だって、大井川の恵みがないとかなり厳しいことになるんだってこと。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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