今日のエッセイ-たろう

砂糖と世界史と社会構造① 2023年3月26日

砂糖とその産業に関連する歴史を紐解いていくと、いくつかの不思議な現象に出会う。不思議というとやや誇張が過ぎるのだけれど、理解するのに時間を要する現象という意味で、僕の目には不思議なことのように映るということだ。

中世から近世までの世界史を見ると、砂糖とそれを生産する産業構造が光と闇を象徴しているようにも見える。中央アジアでは、早くから砂糖が権威や権力を象徴していた。砂糖をふんだんに使うことが出来るという事実だけで、あの人はすごいということになっていたようだ。現代で言えば、高級マンションに住んでいたり、高級車を何台も所持しているような感覚だろうか。

地中海世界では、いくつかの島が破壊された。砂糖を量産するために森林伐採が進み、それによって土壌が流出し、その他の産業すらもままならない状況になった。大西洋を超えた頃には、やはり新世界の各地で砂糖が作られた。これによって、従来その土地にあった産業構造は破壊され、基本的生活物資は輸入に頼らなければならないほどだった。多くの労働力を必要とする産業だったために、多くの奴隷がアフリカ大陸からアメリカへと移植されることになった。

これらの現象は、一面で世界史を動かしてきたのは事実。砂糖、少し後にはゴムや鉱山資源が人々の欲を駆り立てて、結果的に前述の闇の部分を加速させてきてしまったのだ。そう考えると、人間の欲望とは一体何なのだろうか。砂糖は、それだけ人々にとって欲しがられる存在だった。けれど、自然を破壊したり、人を破滅に追いやるほどのことだろうか。というのは、現代人の感覚なのだろうけれど、それでもその感覚は拭い去れない。言ってしまえばたかが砂糖のことなのだ。そもそも、そんなものがなかった時代や社会もあったわけだ。現在の世界を眺めてみれば、砂糖を使わない文化はほとんど見られなくなったかのように見える。しかし、それでも使用量の多寡はあるし、使わない文化も存在はしているのだ。

さて、何かを得るために誰かを傷つけても構わない、という意識はいつの時代にも潜んでいる。時にそれは自然であったり、産業であったりしたかもしれない。そうした中で、奴隷は傷つけても構わない存在として扱われてきた時代がある。

戦争であっても、自国の利益のためだったら他国を侵略することもある。近世以前のヨーロッパ社会では「自国」という概念すらなくて、王とその周辺の利益のために、他国や自国の領民などは傷つけても構わないと考えていたのかもしれない。

こうした心理は、残念ながら現代社会でも当たり前のように存在している。戦争のような大きな事柄ではなく、もっともっと身近に潜んでいる。会社の利益よりも、自分が所属する部門の利益を優先する場面に出会ったことはないだろうか。会社の利益のために、多少は他社の不利益に目をつぶる様なことはないだろうか。社会の利益よりも、自己の利益を優先することはないだろうか。家族を守るためには、多少の犠牲は仕方ないと考えてしまうことはないだろうか。

これらの行動原理は、トマス・ホッブズによると人間の自然な行動なのだという。自分とその仲間の利益を守るためには、誰かを傷つけることをいとわない。これは、世界を「仲間」と「それ以外」に分けることになる。こうした攻撃性は、大きなリスクとリソースを必要とする。だから、信頼できる大きな集団に「仲間を守るための力」を委譲するのだと。自然権と社会契約説の話なのだけど、勉強不足なのであまり語ることは出来ない。ただ、注目したいのは、世界をどの様に認識するかというポイント。とりわけ「仲間」と「それ以外」に二分して見るという姿勢である。

どこまでを仲間とするかが問題なのだろう。アラビア帝国の時代は、アラブ人とそれ以外だったり、ムスリムとそれ以外という区分がそれにあたるのか。カトリックとそれ以外というものもあったし、アメリカ大陸では白人と奴隷というものもあった。いずれも、誰を仲間として受け入れるかという話のようにも見える。

ジャン・ジャック・ルソーは、社会契約論の中で仲間として認識できる限界を2万人程度としていたらしい。国家や社会という意味ではもっと大きいだろうけれど、利益を考えずに守りたいと考えられる母集団の限界サイズ。何かの利益が見込めるから助けるのではなくて、助けたいから助ける。現代人であれば、親友や家族を無条件に助けたくなる心情が作用するケースがそれに当たるのだろう。2万人を超えると、どうやらそうではなくなるらしいとルソーは語っている。

思想や哲学は、ありきたりの部分しか知らないが、のちの時代に対する影響を考えたら、これはとても重要なことなのだろう。17世紀以降の社会契約説は、現代の多くの社会で適用されているのだから。少しずつでもしっかりと学ぶ必要があるだろう。というのも、砂糖と人類の関わりを見るだけでも、とても大きな要素だということがわかるからだ。おそらく、社会の挙動に関して、現在でも似た構造があるように思えるのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。長くなる予感がするので、続きは明日にします。砂糖という日常にありふれたものをフックにして、ありふれていない時代の産業構造や社会構造にまで思考が広がっていく。というのが、なんとも面白いんだよね。たべものラジオって、タイトルから外れていくんだけどさ。今日明日のエッセイは、さすがに本編では話さないけどね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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