今日のエッセイ-たろう

米の消費量の変化から見る「エネルギー」と「多様性」 2023年2月1日

世界中のほとんどの社会には、主食が存在している。日本における米のように、それを神聖視したり精神的にも質的にも重用しているケースすら、いくつも見られる。むしろ、近代以降のヨーロッパやアメリカのように主食がその絶対的なポジションから影を薄めているケースのほうが少ないように見える。

日本も、かつての米食文化に比べれば影が薄くなった。とはいえ、欧米のパンと比べれば明らかに強いのは、気持ちの部分で米に対する姿勢があるからだろう。それはそれとして、日本人はパンやラーメンなどの存在が米の消費量を減らすことになっている。というのが一般的に言われている。

しかし、米の消費量が減っているのは、それが主な原因ではないような気がするのだ。

確かに、昭和の終わり頃から米の消費量は頭打ちになり、徐々に減少傾向にある。それが、洋食の影響で主食が置き換わったという理由に帰結するわけではないだろう。

思うに、日本人はとても「おかず食い」になったのではないだろうか。かつての日本人の食卓のほとんどは、大量のご飯とそれを食べるための少量のおかずだった。だから、味の濃いおかずが人気だったわけだ。江戸時代の「おかず人気ランキング」の上位は、きんぴらごぼうや佃煮、めざしいわしやサバの味噌漬けと言ったものが多く並ぶ。八杯豆腐などは、濃いめの味付けとともに汁気があることがご飯をたくさん食べられるおかずとして人気だったのだろう。

高度経済成長期を超えた頃になって、日本は史上最も豊かな状態になった。少なくとも、庶民の食料事情はそうだ。おそらく、この数千年の間で最も豊かだろう。食料生産力も上がったし、冷蔵庫などの保存技術や輸送技術の発達にともなって、いつでもたくさんの種類の食材を手に入れられるようになった。結果として、食卓に並ぶおかずが増えたのだ。種類も増えたし、一品に使われる食材も増えた。そもそも、おかずの量が増えたのである。

人間が一食で食べられる量には限度というものがある。よほどの大食らいでなければ、たくさんのおかずを食べながら2合のご飯を食べることなど出来ないだろう。お米の消費量が減少した理由の一つには、おかずの消費量が増加したことによるのではないだろうか。

もう一つの理由が考えられる。そもそも、摂取カロリーが減っているのではないか。近代以前の日本人の暮らしは、消費カロリーが多い。現代人よりも、たくさん動いていただろう。例えば、ご飯を炊くのだって今ほど簡単ではない。一部の地域を除けば、精米は各家庭で行われていたし人力だ。それを研いで、羽釜で炊くのだが、かまどはスイッチひとつで稼働するものではない。薪をくべて、火をつけて、風を送って、とやることは多い。それに、薪を準備するのだってなかなかの重労働。だから、ご飯を炊くのが一日に一度ということにせざるを得ないわけだ。

暮らしといえば、終始こんな感じである。江戸の町人も仕事といえば人力だし、農村部の働きぶりはさらに労働量が多いのではないだろうか。だとすると、消費カロリーはどのくらいだろうか。現在でも、肉体労働をしている人たちはよく食べる。ぼくと比べれば、同年代であっても倍くらいは食べる。そんな彼らですら、車や機械といった科学の力が助けてくれるのだから、江戸期の人たちはもっと食べる必要があったのではないかと思うのだ。

栄養バランスももちろん大事。けれども、エネルギーを発生させる最も有効な栄養素は炭水化物である。ブドウ糖がそのままエネルギー源。だからこそ穀類が重宝されたのだろうと思う。

江戸時代の食事が必ずしも現代人にとって健康的とは限らない。というのも、飽食の現代だから成人病が起きているので過去に帰ろう、という話を見聞きするのだ。確かに現代のような脂質の過剰摂取はなくなるだろう。けれども、確実に炭水化物の過剰摂取にはなるだろう。消費カロリーが大きく違うのである。当然太る。

日本のケースを取り上げたが、おそらく他の社会でも似たような構造ではないだろうか。上記の例も含めて、もっと事象を集めて研究すればはっきりするのだろうけれど、今のところは個人的な妄想の範疇を出ない。

ただ、人類は長らく労働量が多い時間を過ごしてきたことが、穀物などの単一植物への傾斜を促してきたのではないか。そんなふうに見えるのだ。最も効率よく大量のエネルギーを獲得するために、だ。現代では、肉体の代わりに機械が働いてくれる。だから、機械のためのエネルギーを効率よく大量に獲得するように動いている。それが、石油であり電気なのだ。そんなふうにも見える。

今日も読んでくれてありがとうございます。現在、代替肉の原料は何種類も開発されているよね。大豆や果物や海藻、それから微生物発酵や培養などなど。どうしても、「これさえあれば大丈夫」という方向に進みがちだから、多様なアプローチは歓迎すべきなんだろうな。たったひとつの解決策、なんてものははじめから無いと思って考えたほうが良い。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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